記念作品
□サイト1周年記念企画小説・第1位
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空が茜色に染まる時刻を迎え、ソリア学園の生徒達が各々の帰路に就く放課後、カオルは職員室の前に立っていた。
だからといって、彼自身が特に用事があるわけではない。
用があったのは……
「おまたせ、カオル」
そんな言葉をかけ、職員室から出てきたこの少女の方。
「どうだった?」
「次からはもう少し余裕をもって提出するように、って注意されちゃった」
カオルの質問に、ルナは苦笑いして答えた。
「行こっか」と促され、カオルはルナの速さに合わせて歩き出した。
ルナが職員室に寄った目的は、本日中が期限となっている宇宙史のレポートを提出するためであった。
提出がこんなギリギリになってしまったのにも、それほど大した理由はない。
要は、すっかり忘れてしまっていたのだ。
今日の朝、クラスメイト達が話題にしていたのを聞き、ようやく思いだしたルナは、休み時間も惜しんでレポートの作成に没頭した。
最後はカオルに添削してもらい、どうにか完成し、提出にこぎつける事が出来た、という訳である。
「カオルもありがとう。お礼に途中で何か奢(おご)るわ」
「必要ない。自分の生活で手一杯な奴が無理をするな」
「あら、これでも週5日でバイトしてるんだからカオル1人を奢るくらい問題ないわ」
任せろ、と言わんばかりに胸を張るルナに、カオルは不敵な笑みを浮かべた。
「ほう?なら遠慮なく『アスタリスク』の高級チーズケーキでも奢ってもらおうか?」
その返答を聞いた瞬間、ルナの表情がわずかに引きつる。
それもそのはず、カオルの言う『アスタリスク』とは、宇宙でも有名はパティシエがオーナーを務める高級洋菓子店の名称である。
そのロカA2支店が近頃開店し、女性を中心に大きな話題となっている。
しかし、ケーキ1個の値段が高く、学生には手を出しにくい難点があるのだが。
かなり悩んだ挙句、ルナは「分かったわ」と重く首を振った。
今度はカオルの顔が引きつる。
「……冗談に決まってるだろう。変な意地で無駄な出費をするな」
「ううん!カオルにはいつも助けてもらってるし、日頃の感謝の意味も含めて『アスタリスク』のケーキを奢るわ」
何故かルナは決心したように頑なであった。
一度こうと決めてしまったら、ルナはそれを曲げる事はしないだろう。
「……本気か?」
「女に二言はないわ」
余計な事を言ってしまったか、とカオルは自分の失態を反省し、深い溜息をつくのであった。
サイト1周年記念企画・第1位
『心配性』
肩を並べて歩くルナとカオルは、普段の帰り道とは違う通りを進んでいた。
ケーキ店へ寄るという目的もあるが、珍しくカオルから「少し寄り道してもいいか?」と要望があったからだ。
ルナが何の用事なのか尋ねると、注文していた本を取りにいくのだという。
コロニーに帰って来て知った事であるが、カオルは割と読書家であった。
本を常に携帯している様で、時間をもて余した時などは、よく本を読む姿を目にする。
同じ読書家であるシャアラと趣味が合うのでは?と話題にした事もあったが、一方のカオルは何とも言えない苦笑いを浮かべ「好みのジャンルが全く違う」と否定していた。
確かに、シャアラの愛読するファンタジー系やおとぎ話系の本をカオルが読んでいる姿は想像できない。
ならばカオルはどんなジャンルの本が好みなのか?
ふと興味を抱いたルナは、カオルの寄り道に付き合う事にした。
あわよくば、自分もその本を読み、カオルと趣味の共有を図れれば、という下心も添えて。
しかし、ルナの企ては空しくも破綻する事となる。
何故なら、カオルが購入した本が一体どんなジャンルに当てはまるのか、ルナには理解出来なかったからだ。
カオル曰く『多元宇宙論』というジャンルらしいが、予想以上に高次元な内容にルナの平凡な頭脳が適応できるはずもなく、趣味の共有化を断念する事になったのは言うまでもない。