記念作品
□40000hitキリリク小説
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時刻は夕方になり、帰宅の準備を終えた生徒らが順次教室を後にしていく。
その流れに混じる様にルナも自前のカバンに授業道具を仕舞い込むと、席を立ち上がった。
「ルナ、ちょっと待ってくれないか?」
教室を出ようとしたタイミングで、メノリがルナを引き留める。
「どうしたの?」
首を傾げるルナの前に、メノリが自身の掌を差し出す。
そこに乗せているものは、ルナも授業で使用しているデータ保存用のメモリーカードであった。
「バイトが終わった後で構わない。これをカオルの家まで届けてくれないか?」
本来、今日のアルバイトはカオルのシフトであるのだが、前述の事情により、カオルは欠勤となった。
その代行を出来ないか、とカトレアから依頼があり、ルナは二つ返事で頷いた、という経緯が実は今朝繰り広げられていた。
「うん、いいよ。ところでそれ、何のデータ?」
「今日1日の授業の内容と、ホームルームで先生が話した重要事項をまとめておいたんだ」
さすがというべきか、休んだカオルの為に1日かけてノートをまとめていたメノリの真面目さに、ルナは感心した。
「まぁ、万年1位のカオルからしたら余計なお世話だと思うかもしれないがな」
「そんな事ないって。カオルもきっと感謝するわ」
苦笑いするメノリに、ルナが笑顔で答える。
カオルが他人の善意を無碍にするはずがない、という確信を持っているのだろう。
自信に満ちたルナの瞳がそう言っている様にメノリには見えた。
「分かっている。少し悪態をついてみただけだ」
メノリとて、カオルが自分の言う様な人間でない事は重々承知している。
それでも、自身の成果を素直に公表できる程、メノリはまだ人間が出来てはいない。
どうにも複雑な年頃なのである。
少し気恥ずかしくなったのか、メノリは一度「コホン」と咳払いをし、手中にある物をルナへと渡した。
「とにかく頼んだぞ」
「うん、任せて!」
ルナは力強く頷くと、生徒会の仕事で居残りをするメノリに見送られながら教室を出た。
バイトを終えたルナは現在カオルの家の前にいる。
何度か来たことがあるにも関わらず、入口に立つと妙な緊張感に襲われ、いまだに慣れない。
ルナは深呼吸を数回繰り返し、心拍数が少し落ち着きを取り戻したところでインターホンを鳴らす。
『はーい』とインターホンから聞こえてくる柔らかい綺麗な声。
カオルの義母、アキラのものである。
『あらルナちゃんじゃない。ちょっと待ってね』
モニターに映ったルナを確認したのだろう、ルナが挨拶をするよりも早く、アキラは玄関の扉を開け、姿を現した。
「こんばんはアキラさん」
「こんばんは。もしかしてカオルのお見舞いに来てくれたの?」
「はい。あの……カオルはどうですか?」
おずおずと尋ねるルナに、アキラはふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「朝は熱も高かったんだけど、今は下がって落ち着いてるわ。2、3日もすれば快復すると思う」
「そうですか……よかった」
大した風邪ではない事が分かり、ルナはホッと胸を撫で下ろした。
そこで改めてメノリから受けた依頼を思い出す。
「あの、カオルに会わせてもらってもいいですか?」
「え?でも、ルナちゃんに風邪を移しちゃったら困るし……」
「私なら平気です!元気なのが取り柄なので!」
逡巡(しゅんじゅん)するアキラへ、ルナは拳を目の前でグッと握りしめ、自身の健康をアピールした。
「わかったわ。というか、ルナちゃんさえ良いなら、こっちはむしろ大歓迎だもの」
アキラはクスッと小さく微笑むと、ルナを中へと招き入れた。