記念作品
□77777hitキリリク小説
2ページ/5ページ
「どうして……私の中にナノマシンがある事を?」
自分の中にあるナノマシンの存在は、仲間達しか知らないはずだ。
一体彼女はどこで情報を手に入れたというのだろうか?
「研究者の給与ってね、政府からの助成の一部で賄(まかな)われているんだけど、実はそんなに良くないのよ」
「は……?」
突然、金銭の話をし出すアナスタシアに、ルナは疑問符を浮かべた。
「私だって生活があるし、研究費用も微々たるものだし。だからね、大学病院附属の臨床検査研究所でアルバイトをしてるのよ」
「そ、それがどう関係あるっていうんですか……?」
「分からない?臨床検査研究所って、病院から受託した検体を異常が無いか分析する所なのよ?」
「検体の分析……って!ま……まさか……!?」
そこで、ルナはようやく気づいた。
その様子に、アナスタシアは満足そうな笑みを浮かべている。
「偶然……いえ、これはもはや運命とでもいうべきなのかしら?あなたが健康診断で採血された血液検体が私の元にやってきた。顕微鏡を覗いて驚いたわ。レンズの向こうで、私が求めていた研究の集大成が蠢(うごめい)いているんだもの」
「検査結果では『異常なし』ってなってましたけど……それもあなたが?」
ルナの問いかけにアナスタシアは笑顔で返した。
「あなただってナノマシンの存在を出来るだけ伏せておきたいでしょう?それに……」
その笑みは、次第に何か企みを含めたものへと変貌していく。
「やっと見つけた未来への兆しを……みすみす見逃してなるものですか」
再び垣間見えたアナスタシアの狂気に、ルナは畏怖を感じた。
「だからって、どうしてこんな馬鹿な事を!?最初から事情を話してくれていれば、協力くらいできたかも知れないのに……!!」
「協力……?ふふふ……無理よ」
不気味に笑いながら、アナスタシアがルナを見下ろす。
「じゃあ聞くけど……あなたは私の研究の為に、人間を捨てられる?」
「………………え?」
ルナは耳を疑った。
聞き間違いかと思ってしまうほどに、アナスタシアの口から残酷なフレーズが飛び出してきた。
「その治癒能力はどこまで対応できるのかしら?例えば……ナイフで深く刺しても傷跡まで綺麗に消えるの?生命維持の核である脳や心臓が損傷した場合はどうなるの?ウイルスが体内に侵入した場合は?」
アナスタシアが徐(おもむろに手を伸ばし、ルナの顎(あご)の輪郭を指でなぞる。
「っ……」
体を動かすことも出来ず、ルナは目を閉じてじっと耐え続けるしかなかった。
その様子が、彼女のサディズムをそそらせたのか、アナスタシアは口元を上げた。
「そのナノマシンは、あなたの子孫にも受け継がれるのかしら?」
その発言に、ルナが目を見開く。
「もしそうだとしたら、あなたの子供や孫には一体何%の機体が受け継がれるの?その治癒能力は……?」
アナスタシアの発言は、ルナのみならず、次世代までを蹂躙(じゅうりん)する事を意味していた。
ルナの脳裏に、ふと夏に出会った不思議な少女の姿が浮かび上がる。
無邪気な笑顔で自分を『ママ』と呼んでくれた、大切な『娘』……。
あの存在を脅かす者は誰であろうと、決して許すことは出来ない。
ルナの心の奥で、『恐怖』の感情は次第に『怒り』へと転換されていった。
「何が……人類が渇望する研究、よ」
急に低くなった声を聞き、アナスタシアは目を見開いてルナを見下ろした。
「人の命を何だと思ってるのよ!!」
室内にルナの怒声が響き渡る。
アナスタシアは小さく溜息をつくと、今度は真面目な表情でルナを見据えた。
「だけど、この研究が実現する事を待ち望んでいる人達は、数多く存在するのよ。不治の病と謳(うた)われた病気だって完治する事が出来るかもしれない。あなた1人の命で、何十……いえ、何百万もの人の命を救えるのかもしれないのよ?倫理に反している……?倫理で人の命が救えるの?」
アナスタシアの強い信念に圧され、ルナは一瞬、言葉を詰まらせた。
「……別に理解してくれなくたって構わない。私は私の信じる道を突き進むだけよ」
そう言うアナスタシアの手には、小さな銃の様な形の物体が握られていた。
「な……何をするつもり……?」
「ああ、これ?猛獣用の麻酔銃よ。あなたをここへ連れて来る時にも一度使わせてもらったけど、なかなかどうして、凄い効き目ね」
不敵な笑みを浮かべながら、アナスタシアが銃口をルナへと向ける。
「大丈夫。ちょっとだけ皮膚や筋肉、内臓を傷つけて治癒力を検証するだけよ。麻酔のお陰で意識も痛みも無いから、怖くなんてないわ」
麻酔銃の引き金に、ゆっくりと指が掛けられた。
ルナは反射的に目を瞑る。
体を動かせない以上、ルナにはもはや奇跡を信じて祈る事しか出来なかった。
(誰か……助けてっ……!!)
ダァン!!