novel

□優しい時間
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「ん……」




目覚めるといつもこうだ。

先に起きようが後に起きようが、必ず跡部の身体は忍足の両腕に包まれている。

最初こそ顔から火が出そうな程に恥ずかしく、止めさせようと必死だった。

それにも関わらず、決して離そうとはしない忍足は頑固だと思う。

勿論、頑固なのは跡部とて同じなのだが。

だけどいつしか、眠りから覚めた時に感じる腕の中の温もりが心地良くなっていた。

当たり前にある忍足の温もり。

しかし、その当たり前は奇跡なのだ。

もし忍足に他に好きな人が現れでもしたら、この腕に捕らわれることはなくなってしまう。

そう気付いた瞬間、急に暗い不安が跡部を襲う。

柄でもないと心の中で自分自身に言い聞かせ、胸元へ額を擦り寄せ距離を縮める。




「……景吾?」




まだ眠気が残っている忍足の声。
 
跡部自らが擦り寄るのは珍しく、忍足は跡部の背中を軽く叩いた。

こういった甘えの行動を見せる時は、十中八九よからぬことを考えているのだと忍足は知っている。

今に至るまでに学習した内の1つだ。




「起こして悪ィ…」

「ん、気にせんでええよ」




忍足は体を軽く動かし、少し離れ気味だった互いの距離をゼロにする。

途端、ホッと安堵の息を洩らす跡部。

そんな彼を見て、やはり思考が悪い方向へ働いていたのだと察した。




「明日は予定通り一緒に出掛けよな」




明日は何日も前から約束していたデートの日。

当然、プランは全て忍足にお任せだ。




「ああ。段取りは出来てんだろ?」

「抜かりはないで」

「つまらなかったら即帰る」

「そら困るなぁ」




くすくすと笑いながら紡ぐ言葉には、困った様子など微塵も垣間見えない。
 
その理由は明確だった。

例えプランが上手く組まれていなくても、互いが一緒にいればそれだけで満足だからと知っているから。

笑うなと軽く小突く跡部の手に自らの手を絡ませ、唇へそっとキスを落とした。

こうしてキスを交わす度、“愛しい”という想いが体の中に次々と入っていき、末端神経まで染み込んでいく。

幸せだ、と強く実感する。




「ふ…んっ…」

「…ん、もうちょい寝とき」

「はぁ…そ、だな…」




改めて忍足の想いを感じれば、次第に意識が微睡み始める。

気が緩んだ証拠だろう。

その誘いに乗り、再び跡部は眠りに落ちた。

規則正しい呼吸を繰り返す跡部を見届けた後、忍足もまた意識が遠くなっていく。

完全に意識を手放す寸前に、自然と掠れた声で跡部へ囁いた。



愛しとるよ――――…





>>終わり


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