黄昏の空

□斜陽
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「殺すか?俺を?」

希代の名君と言われた雁国の王は、隣国の王を見据えた。

美しき慶国の王、中嶋陽子。
その手には慶国の宝重、水禺刀。


「いいえ」
少女は低く透るその声で言葉を紡ぐ。

「ならば、何をしにきた?」
問えば、

「国の終焉を見に」
静かな声で、
「王の最期を見届けに」
穏やかな瞳で、
死を宣言する。

この世で唯一愛した男の。

最後の瞬間を。


「お前は変わるな」

出会った時のまま美しく、生真面目で、
どこまでも澄んだ心で。

「変わらぬものなどありません。――…変わらぬものなど、何も。」

男は笑う。
あまりの少女の答えらしさに。

ふと外に目を向ければ、揺らぎながら太陽が沈んでいた。
空を海を緋(あか)く染めながら。
いつもと変わらぬ夕暮れ。
そして最期の。


――黄昏時、か。


「行け。もうすぐ兵が来る。」

幾多の足音が聞こえた。
扉を破ろうとする音と激しい声。
間もなく扉は打ち砕かれ、王を弑しに来るだろう。

「いいえ。」
「――陽子?」

少女は刀を抜き、扉の方へ向き直す。
兵と対峙するかの様に。
否、対峙する為に。


「行け!!俺に構うな!!」

その言葉と
扉が撃ち破られたのは同時。
兵が入り乱れた室内にその声は飲み込まれていっただけ。



少女は刀を奮う。
迷わずに向かってきた兵に振り下ろす。

群集には少女が王と知る者がいない。
誰も彼もが容赦なく切り掛かる。
それを薙ぎ払い、その身を双方の血で赤く染めようと少女は引かない。

「娘!!誰だか知らぬが邪魔をするな!我等の狙いは延王の首」

少女は兵の前に立ちはばかる。
それは王を守る最後の砦の様に。

「邪魔すれば切る」

その言に少女は笑う。

「本望だ」






部屋に満ちるは
血の臭い



怒号と怨嗟




そして――…

何と優しい陽の光。


国の終焉とは何と悲しく

壮絶な程美しく。

















深々と突き刺さる無数の刀。

流れ出すのは血潮。

それより赤い髪が霞んだ視界の端で、兵の渦にのまれて消えた。


「延王、御覚悟を」


最期の痛みは
首筋に走るよりも激しく荒ぶる

お前を亡くした胸の痛みだった。









END



巨大な太陽が

揺らいで

歪んで

滲んで



沈む




.

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