僕<彼女
□Y
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…速い。
前の少女は走るのが異常に速くて僕は息を切らしながら歩いた。
そろそろ昼になって、温度も上昇し、コンクリートのこの道路には熱が溜まっていくばかり。
額を触ると、いつのまにか汗が手につくほどだった。
手も汗ばんでいて服に水分をこすりつけた。
「なんでこんなに…」
僕も別に暑がりじゃないけど…さ。
人口密度も高くて暑いはずなのに。
横断歩道を何気なく渡った少女の背には疲れを感じさせない何かがあった。
*****
彼女を追って何分か。
追うのは意外と容易かった。
(白いワンピースとか、目立つんだよね)
だいぶ町はずれまで来た。
さっきとは違い、木々が生い茂り、日本本来の姿。
っていっても、生えている木は適当で、松なんて生えてないからただの雑木林。
道が一本、有るだけだ。
近くの木や、草むらに隠れられるから好都合なこともあるし。
マイナスイオンとかなんとかで涼しい。
こんなところに来て迷子にはならないのだろうか。
彼女の足取りにはしっかりとしたものがあった。
僕もこんな所、一度来たかどうかなのに。
不自然。
(もしかして地元の子なのかなぁー…。)
自分の中で疑問が渦巻く。
(いや、でも町でも病院でも…)
そんなことを思っていた最中、彼女は急に立ち止まった。
方向を90度変えて、開拓されていない未公開の草むらと木達に突入して行った。
馬鹿?などは思わず僕も距離を保って草むらに侵入。
ここで草の音でもしてしまったら終わりだ。
抜き足で進む。
彼女が進む、
僕がついてく。
彼女が進む、
僕がついてく。
彼女が進む、
僕がついてく。
彼女がす…、
止まった。
視界に緑以外のものが入った。
(家…じゃなくて)
「…教……会?」
思わず言葉が漏れた。
でも彼女は気付かない。
彼女は僕の存在なんて知る筈も無く、さくさくと教会に入って行った。
白い壁。
だけど薄く黒く汚れていて蔦まで生えていた。
屋根に乗っかっている十字架は25度曲がっていて、キリスト教なんて信仰していないのかおおまかにアピール。
見たのは初めてな筈なのに、懐かしい気がした。
そんな建物に一人、入っていく幼い少女。
どうみたって尋常じゃ無い。
僕も急いで後を追うことにした。
――――――――――
―――――――――――――――
教会の中は薄暗くて、奥に見える何かの像が光っていて不気味さを際立たせた。
その中で一点の白が際立つ少女は何を思って歩いているのか。
僕は足音を立てないということを忘れて立ち尽くした。
――――――カツン。
「誰!!?」
彼女が咄嗟に後ろを向いた。
僕は動くことが出来ないままいたので彼女に姿を見せられた。
「…何の用ですか」
睨みつけられた。
声色が悪い。
僕の存在全てを拒絶されたような感じになった。
「別に、君が一人で歩いて誘拐とかされそうだったからガードに」
故に最初から見ていたよと白状。
僕は嘲笑うように言った。
声は教会の中で反響して消える。
「笑わせないで下さい」
「本気だよ」
「嘘つき」
彼女は更に声を低くした。
やっぱりただの7歳じゃ無い、な。
「帰って」
間を挟まないで彼女が言う。
「…」
僕はあえて沈黙してみることにした。
「ここからいますぐ消えて下さい」
「嫌だ。って言ったら」
「力ずくで」
「そんなこと君に出来る訳?」
「…っ、それ、は」
「君って僕に何か色々隠しごとしてるよね?」
「…何で?、何でそんなこと思うんですか」
質問を質問で返された。
僕は一瞬間をおいて。
「僕は君の事を知らないから、勘」
「…っ…」
何故か彼女が動揺。
どうしてかは分からない。
「私が…、私が今日ここに来た意味なんて、別に大したことではありません。ただここに教会のあることは知っていたんで来た。それだけです」
「ふぅん…僕はこんなところ初めて来たけど、君は知っているんだ」
僕がそう言うと、彼女は僕を悟ったように見据えた。
何でだろう。彼女は凄く、凄く辛そうな顔をしていた。
「…はじ……てじゃ、ない…」
葎が何か喋った。
掠れた声は響くことも無く、僕には届かない。
「え?」
僕は聞き返そうと試みた。
だけど彼女にはその声は届かなかったのか、見ると平然な顔をしていた。
「別に私が何処に行こうとも自由ですけど」
「…そうだね」
彼女の力強い言葉に一瞬圧巻された。
僕は反抗することが出来ずに肯定の一文を吐き出した。
「いいです、もう別に用は無いので私は帰ります」
そういって彼女は一瞬この教会を見渡してから僕に向かって歩いた。
そして僕とすれ違い間際。
「送ろうか」なんて言おうと思ったけれど、それはさすがに出なかった。
かわりに彼女の口から。
「もう二度と私の事を知ろうなんて思わないでください、痛い目にあいますよ」
と言って分厚い教会の扉を開けて行った。
僕は一人になった。
改めて教会を見渡すと、まだ小奇麗で、つい最近手入れが無くなったような内装だった。
ステンドガラスは太陽を通り越して色のついた影を色濃く出していた。
彼女は何のためにここに来たのだろう。
そんなこと彼女にしか分からないのに僕はそれを知ろうと頭を一人混ぜていただけだった。
――――――――――――
――――――――――――――――
「ねーねー玲くーん!!、かくれんぼしよー!!」
「えー…もう5時になっちゃうよー?」
まだあたらしいしい木が多いこの森でぼくはおとなりさんの葎ちゃんとあそんでいた。
そういえばここにはさいきん「きょうかい」ができたらしい。
ぼくもきょうみほんいでみにいくというついでにかくれんぼをすることをおっけーした。
「じゃあ葎ちゃんがオニだからー」
ぼくはそういってかけだした。
ここはもうずーっといってるからばしょもバッチリ分かってる!
だからけんせつよていちのあのばしょに。
「…うわぁ…!!!」
いってみると、すっごいきれいな白いかべをしたたてものがぼくの目の前に。
すごくおっきくて、首を上にむけて上にあるじゅうじかを見た。
「すごいや…」
中に入りたくて、ドアに手をのせた。
だけどドアはすっごくおもくてピクリともしない。
しかたないからきょうかいのかべのかげにかくれた。
(こんど中もみよう!!)
5分ご、葎ちゃんはあっさりぼくを見つけておうちにかえったとさ。
******
「探りたかった記憶はもう貴方の中には無いのでしょう」
薄汚れた壁に寄り掛かる少女。
右目からはうっすら涙の痕。
「玲、君」
会えたこと、凄い嬉しかった。
私を覚えていないのは知ってた、けど。もう何処にも私の存在は無かった。
私が居なくなったあと、玲君が記憶を無くして、病院通いなことだって承知済み。
もしかして少しでも私の存在を覚えてくれたらなんて、浅い感情で来たのが間違いだった。
やっぱり降りてこない方が良かったかも。
もうなんか笑顔になってきた。
懐かしい声。
懐かしい場所。
永遠に叶わない筈の夢を追いかけて、朽ちる。
…――――――――――――ばいばい。
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