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□君には言えないけど
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恋の始まりは突然やってくる。


なんて、どこかの小説の始まりのようなそんな出来事。


あるわけないでしょ?





「あれっ、イザイザだ」

私はふと立ち止まる。
池袋の人混みの中、偶然見つけてしまった人物。折原臨也。
黒いコートに身を包み、さらに今日はふさふさの毛皮が付いたフードをかぶっていた。

どこ行くんだろ。

臨也は人混みを抜け、人気のない所へと進んでいく。
私はこれからドタチンたちと会う約束があるのだが、気が付けば私は、何のためらいもなく、臨也のあとを追いかけ始めていた。
多分、気になってしまったんだ。
少しだけ見えた臨也の表情が、いつもの臨也が見せる表情ではなかったから。


私と臨也の関係。
ただの顔見知り。きっとそんなもの。
ドタチンの同級生で、たまにドタチンに会いに来ている臨也を、私はよく見ている。
同じ場にいても、私と臨也が話したことなんて一度もない。
あ、違う。俺はシズちゃんとは付き合ってない、って一回だけ話したことっていうよりも念を押されたことあるんだった。
だから、私が起こした今の状況。

自分でもかなり驚いている。


臨也は路地裏に入っていくと、慣れた足取りでどんどん進んでいく。
私はなるべく臨也との間隔をあけ、ゆっくりとあとを追っていった。

あれ、てかなんで私こっそりイザイザのあとをつけてんだろ。普通に話しかければいいんじゃん。

普通に。普通に。


普通?


普通ってなに?
私、イザイザと話したことないし……てか、イザイザどこ行くつもり?


私は壁に隠れながら、ひょっこりと顔を覗かせた。
しかし、そこには臨也の姿はない。つい先程までいたのに。

あっあれっ?

「人のあとをつけるなんて、いい趣味してるね、狩沢サン」
「うひゃあっ!?」

背後から聞こえてきた声に、私はびくっと肩を震わした。
振り返れば、壁に寄りかかっている臨也の姿が。

「あっはっは、こんにちは臨也さん」
「誤魔化さないの」

そういって、臨也は私にデコピンした。

……地味に痛かったのは内緒にしておこう。





俺はため息交じりに彼女を見つめる。
とある仕事が入り、依頼主の元へ行く途中だったのに、まさかの狩沢絵理華につけられていたなんて。

「ほら、良い子は帰りなさい」

狩沢の肩に手を置き、この場から離れるように促す。


狩沢とはただの顔見知りだ。だから、今のこの状況が不思議でならない。
仲がいいわけではない、しかし、他人というわけでもない。
だからこそ、俺の裏の顔を知らない方がいいのだ。
狩沢のためにも。


狩沢に背を向け、俺は歩きだそうとした。

「ま、待って!」

狩沢の声に振り返れば、困った表情をした狩沢の姿が。

「……帰り道が分からないのですが……」

……ドタチンが世話を焼く理由が分かった気がする。



狩沢を連れて路地裏を歩くのは不思議な感じがした。
ちらり、と横目で狩沢を見れば、楽しそうに話す狩沢の笑顔が目に入る。
無意識に狩沢を眺めていると、ふいに狩沢が顔を上げた。
ぱちり、と視線が交差する。

えへへ、とはにかむ狩沢の笑顔が脳裏に焼き付いて離れなかったのは……彼女には内緒にしておこう。


「はい、到着!」

わざとらしく、路地裏から出ると、狩沢は眩しい〜と声を上げながら大きく背伸びをした。

「なんか冒険してるみたいで楽しかった!」
「それはよかった。でも一人でこういうとこ来るのはやめてね。絶対迷子になるから」
「じゃあイザイザがいればいい?」

狩沢の思いがけない答えに、俺は狩沢を見つめ直した。
狩沢は満面な笑顔を浮かべ、俺を見上げている。

「初めてこんなにイザイザと話したけど、楽しかった!イザイザ優しいし!」
「優しい?俺が?」
「うん!たまにはドタチンじゃなくて、私にも会いに来てね!」

俺は思わず頬が緩んだ。
返事をする代わりに、ぽんぽんと狩沢の頭を撫でる。

「イザイザ優しい〜」

無邪気に笑う狩沢の表情に、俺はなんだかもどかしい気持ちになり、ぱっと手を離した。
狩沢から目を逸らし、自分の口元を手で覆う。

「……イザイザ呼び禁止」
「えー?気に入ってるのに」

口を尖らせる狩沢に、俺はそういえば、と顔を上げる。

「なんで俺のあと追ってきたの?」
「んー?イザイザが怖ーい顔して歩いてたから気になっちゃって」

そういって、狩沢は笑う。

「笑顔の方が毎日ハッピーだよ!」

狩沢はそういうと、俺の手の平に何かを包み込んだ。

「たまには糖分とらなきゃ!だから怖い顔になっちゃうんだよ」

それだけいうと、狩沢は駆け出した。
手の平をあければ、ピンク色の包み紙に包まれた飴玉が一つ。

「イザイザ!」

少し離れたところから、狩沢は俺の名前を呼ぶ。
狩沢は両手の人差し指を自分の口元へ指差した。そして、少しだけ口角を上げる仕草をする。


「スマイル!」


響き渡る狩沢の声。
なにそれ、と俺は思い切り吹き出した。
そんな俺の様子を見た狩沢は満足気に笑うと、大きく手を振り、俺に背を向けて駆け出した。


変な奴。


狩沢に背を向け、俺は歩きだす。
狩沢から貰った飴玉を空に掲げてみた。
飴玉を見上げた俺の表情は、いつにもなく笑顔だったに違いない。




……また君に会いたい、って思ったことは、君には内緒にしておこう。




君には言えないけど



(これが恋の始まりだったらいいな、なんてね)





end

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