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□好きなんだけど
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「ねぇ、ベンケイ。キョウヤ、知らない?」

まどかに尋ねられたベンケイは、口いっぱいにチョコを詰めながら振り返る。
その様子を見たまどかは、詰めすぎよ、と苦笑いを浮かべた。
ベンケイはごっくんと口の中のものを飲み込むと、つまらなそうに口を尖らせる。

「キョウヤさんは女どもに追いかけられてると思うぜ〜」
「……え?」
「キョウヤさんはかっこいいからな!そこは認めてやるけど……ワシのキョウヤさんがぁ!」

突然泣き叫ぶベンケイ。隣にいたケンタが、うるさいよベンケイ、と口を挟む。

「……ふーん」

まどかは後ろで手にしていた袋を、ぎゅっと握った。




「あっ、キョウヤ!」

店に入るなり、俺は銀河に声をかけられる。が、俺は返事をすることなく店の奥に進む。

「キョーヤさぁぁん!!」
「うるせー」

というと、ベンケイは、すみません!とすぐに謝る。

「俺はイライラしてんだ。でけー声出すな」
「ベンケイから聞いたぞー。女の子に追いかけられてたんだって?モッテモテだな、キョウヤ!」

楽しそうに笑う銀河。俺はそんな銀河を睨みつけ、そして、あることに気がついた。

「てめーら、何食ってんだ?」

銀河たちはみな同様の袋を手にし、丸いものを食べていた。
甘ったるい匂いが、店の中に充満しているのがよくわかる。

「まどかちゃんから貰ったんだ。今日、バレンタインだからって」
「バレンタイン?」
「女の子が好きな人にチョコをあげる日だよ。キョウヤ、知らないの?」
「ふん、くだらん」

ケンタの説明に俺はため息をつく。

「キョウヤはチョコ、何個貰ったんだ?さっき女の子たちに追いかけられてたんだろ?」

にひひと笑う銀河を横目に俺は店の奥へと向かう。
俺の背中に向かって、ベンケイが声をかけた。

「みんなに配ってましたからキョウヤさんも貰えますよ。美味いっすよ、まどかが作ったトリュフってやつ!」




「おい、まどか」

階段を降り、椅子に座ってぼんやりとしているまどかに声をかけた。
まどかが振り向いた瞬間、一瞬だけ、まどかは怒っているような表情をしていた気がしたが、すぐにいつもの笑顔で俺を迎える。

「キョウヤ!やっと来たわね」

まどかはそういって、準備していたものを俺に手渡す。

「はい!メンテはばっちりよ!」

俺は渡されたレオーネを受け取る。

「それじゃ、私はしばらく寝るから」

寝不足なのよね、とまどかは舌を出して笑った。

キョウヤさんもきっとまどかから貰えますよ。

ふいに、ベンケイの言葉が頭を過る。
しかし、まどかは俺にチョコを渡そうとする素振りすら見せず、欠伸をしながらソファーへと向かっていく。
おそらく、徹夜でメンテをしていたのだろう。いや、そういう事じゃなくて。

女の子が好きな人にチョコをあげる日だよ。

頭を過るケンタの言葉。
つまり、まどかは俺のことが好きじゃない、ということになる。
他の奴らにはあげているのに。
……馬鹿か、俺は。バレンタイン?くだらない。別に俺はまどかから貰えなくたって。

「キョウヤ?どうしたの。なんか不具合でもあった?」
「いや……」

そう、と言いながら、まどかは再び俺に背を向けた。

「おい」

気がつけば、俺はまどかの腕を掴んでいて。
あぁ、俺は本当に馬鹿な男だと思う。

「お、俺にはないのかよ」
「はぁ?」
「はぁ?じゃねぇ!てめぇ、なんで他の奴らにはチョコ渡して、俺には渡さねぇんだよ!」
「チョコ?チョコならあるけど」

はい、と渡される、綺麗にラッピングされた袋。
突然の出来事に俺は硬直する。むしろ、思考停止だ。

「……はぁ?」
「だからキョウヤのチョコ。欲しいんじゃなかったの?」
「なっ……!あるならなんでとっとと渡さねぇんだよ!」

チョコを催促する男とか、恥ずかしすぎるだろ!

「だって、ベンケイがキョウヤは女の子たちに追いかけられてるって。つまり、チョコを貰うのを拒否してたってことでしょ?だから私、キョウヤは甘いものが嫌いなのかと思っちゃって」

なんでそこに辿り着くんだお前は!

俺はため息をつく。

「見ず知らずの女から食い物なんて貰えるか」
「……あ、そういうこと」

俺はまどかの腕を離す。
なぜかお互い顔を真っ赤にして。
どこを見たらいいか分からなくて。
早く何か言えよ、と俺は思ってしまう。

「じゃ……はい、チョコ」

改めて、と言わんばかりに袋を俺に差し出すまどか。
受け取ろうとした直前で、俺はあることに気がついた。渡される袋が、他の奴らと違うものだということに。
そのことを察したのか、まどかは恥ずかしそうに、でも、真っ直ぐ俺をみつめて言うのだった。


「キョウヤのは特別。他のみんなとは違う、特別なチョコなの」


受け取ってくれる?


俺は差し出されている袋を掴んだ。


「……しょうがないから貰ってやる」


なにそれツンデレ、とまどかが笑った。




end

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