Kurobasu

□救いようのない恋愛戦争
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「カントク、次どこ行く?」
「えっとねー、駅前のスポーツショップに行きたい。あ、でもその前にお腹空かない?」
「うん、実は空いてた」
「じゃあ言ってよー」

まったく、と言いながら笑うリコの隣で、伊月はこの上ない幸福感を味わっていた。

休日の昼下がりの街を歩く伊月とリコ。二人の様子を端から見れば、青春真っ盛りの彼氏彼女である。実際そのような関係ではないのだが、密かにリコを想っている伊月にとって、カップルのような会話に胸を躍らせてしまう。
そんな伊月とリコが出会ったのは、つい先ほどの出来事だった。


「……あれ、カントク?」

久しぶりの部活のない休日。伊月はふと街中を一人で歩くリコを見つけた。思わず声をかけると、彼女は伊月くん、と彼の名前を呼びながら傍に駆け寄ってきた。

「うわ、休日に会うとかなんか新鮮」
「本当ね。久々のオフなのに、どこかお出かけ?」
「スポーツショップ行こうかなって。そういうカントクは?」
「私もスポーツショップ行こうとしてたの。部活で使うものがそろそろ足りなくなってきちゃって」
「え、カントク一人で?結構な荷物になるじゃん。日向とか連れてこなかったの?」
「久々のオフに私用で付き合わせるほど私は鬼じゃないわよ」
「私用って……」

伊月はそこまで言って黙り込む。

「伊月くん?」
「……あのさ、カントク。久々のオフは、カントクも同じでしょ?それなのに、カントクばっか部活のために自分のオフを潰すのは間違ってると思うんだ」
「何言ってんの。私はあんたたちより全然動いてないから体力有り余ってるのよ。それに、部活のために働くの好きだし」
「うん、だからさ」

――そういうときは、まず俺を頼ってくれない?

「俺、カントクの頼みならなんでも聞くし」

そういうと、リコは一瞬目を丸くさせたが、いつもの笑顔にすぐ戻る。

「ありがとう、伊月くん!」

そんなわけで、二人は一緒に行動することになったのだ。
普段のカントクとは違うカントクが自分の隣を歩いている。私服のカントクなんて、本当に珍しい。

「……ハッ、私服のカントクに至福の一時……キタコレ!」
「なーに言ってんのよ。あっ」

口説いたつもりのギャグを軽くスルーされ、伊月は落胆しながらも、何かに興味を示すカントクを見やる。

「あれ!美味しいって評判のアイス屋さん!」
「へぇ。食べたい?」
「食べたい!」

上目遣いで目をキラキラされたら、断る術なんてないだろう。

「お昼はいいの?」
「これ食べたらお昼ご飯食べに行きましょ!」
「普通、逆じゃない?」
「いいのいいの!食後のデザートなんて昔の人が勝手に決めただけよ。食べたいものをすぐ食べる方が幸せに決まってるわ!」
「……ごもっともで」

早く早く、と急かすリコは伊月の腕を掴んで歩きだす。
ああ、本当に今日はなんていい日なんだ。
伊月はそう思わずにいられなかった。



「どれ食べたいの?」
「えー迷う」
「奢ってあげる」
「え、何急にどうしたの?」
「え、そんなに驚く?」
「驚くに決まってるわよ……そ、そんなことしたって練習メニューを軽くになんかしてあげないんだからね!?」
「そのツンデレちょっと嫌だな。まっ、そんなこと望んでないけど」
「うーなんか悪いな……」
「ほら、早く決めちゃって」
「じゃあ私が伊月くんのアイス奢ってあげるよ!」
「……はあ?」
「だから、私が食べたいアイスを伊月くんが買って、伊月くんの食べたいアイスを私が買うの。どお?」
「どうって……それ、奢るの意味違くない?」
「だって、一人で食べるより二人で食べた方が美味しいじゃない」

リコは伊月を見上げて、にこりと笑った。

「ね、そうでしょう?」


……ああ、本当に適わない。
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