Kurobasu
□クロウサギ
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何気なく言った一言が、人を恐ろしいほど変えてしまうことがある。
でも、彼の場合、これが本当の姿なのかもしれない。
「……ねえ、相田サン。知ってますか?」
私の体の上に跨った彼は、どこか楽しそうに笑みを浮かべた。
「無理矢理にでも、愛はあるんですよ?」
呆然と彼を見つめることしかできない私は、一体自分の身に何が起きているのか思考が追いつかない。
薄暗い部屋。ぼんやりと浮かぶ彼の姿。目が慣れてきたからか、今でははっきりと彼の姿を捉えることができた。
「……何か、怒ってるの?」
「怒ってる?そうですね、スイマセン。ほんの少し、腹が立っています」
「腹を立てたぐらいで私を押し倒したの?……これから、何を、する気?」
ふふっ、と彼の口から笑みが零れる。
「震えてますよ、可愛い」
「……ざけないでっ!」
私に近付いてくる彼の体を力強く押し返す。しかし、彼の体はびくとも動かない。
ああ、男の子なんだと、自分に置かれている状況とは裏腹にそう感心してしまった。
だって、私の知ってる彼は弱々しくて、いつも謝ってばっかな男の子なのだ。彼の周りがやたら体の大きい人たちばかりだからかもしれない、彼がとても小柄に見えていたのは。
でも、女である私と比べれば、やはり圧倒的な差がある。腕の太さだって、胸板の厚さだって、彼は男の子なのだ。
「……言ったでしょ?無理矢理にでも愛はあるって」
その言葉の意味が分からないほど、私は馬鹿ではない。
「やっ……!」
「スイマセン、相田サン」
彼を押し返していた両腕をあっさり掴まれ、頭の上に持ち上げられる。彼は片手で私の腕を押さえ、空いているもう片方の手で自分のネクタイを解いた。
ひゅるり、とネクタイの解ける音にどきりと胸が鳴る。
彼はにっこりと笑みを浮かべながら――私の両腕をネクタイで拘束した。
「ここは少し、暑いですね」
「……そんなことないわよ」
鋭い目つきで彼を見上げても、そんなのただの強がりでしかないことを知っている彼にとっては何の効果もない。
私を見下ろしながら、彼は自分のシャツのボタンを三個ほど外す。その仕草があまりにも綺麗で、思わず息を飲んだ。
(桜井くんって、可愛いわね)
あ。
(動物で例えるなら、うさぎかなぁ)
思い出した。
(あはは、可愛い可愛い)
そういって、彼の頭を撫でた。次の瞬間、私は彼に組み敷かれたのだ、それは、ついさっきの出来事。
「男の子はかっこいいって思われたいんですよ。……好きな女の子の前でなら尚更ね」
だからって普通、こんなことする?
眉間に皺を寄せた私に気付いたようだ。彼はそっと、私の頬に触れる。
指の先が少しだけ触れただけなのに、私はびくりと体を震わした。彼は満足気に笑う。
「相田サン、一つだけ教えてあげますよ」
私の瞳に映る彼は間違いなく、飢えた男の目をしていた。
「うさぎだって、ヤるときはヤるんですよ?」
クロウサギ
(うさぎはうさぎでも、彼は真っ黒なうさぎだった)
end