Kurobasu

□青い羊
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テーブルに向かってペン走らせていたリコは、ふと顔を上げる。
積み上げられた教科書の隣に置いてある時計を見ると、時刻はもうすぐお昼の三時を回るころだ。

「アホ峰ー、三十分経ったわよ」

そういって後ろのベッドを振り返ってみれば、小さなベッドに寝転がる青峰の姿が目に入る。
小さなベッドは体の大きい彼には合わないらしく、まるで猫のように丸まって眠りについている彼の姿は、口には出せないがとても愛らしい。

「三十分経ったら起こしてって言ったのはあんたよねぇ?」

いくら声をかけても返事が返ってこない青峰に、リコは深いため息をついた。

「人様の家で、しかも人様のベッドでよくもまあ遠慮なく爆睡を……」

小さくつぶやくと、リコは再びテーブルに向き直る。やりかけの問題を躓くことなくすらすらと解いていくが、常に意識は時計にいってしまう。
問題を解いては時計を見て、また問題を解いては時計を見る……その繰り返しだ。
リコはとうとう、全く起きる気配のない青峰に我慢ができなくなり、勢いよく立ち上がった。

「ねぇ青峰くん!明日テストなんでしょ?早くこっち来なさいよ!」

青峰がリコの部屋にいる理由。それは、リコに勉強を教えてもらうためである。
リコの通う誠凛も、青峰の通う桐皇も只今テスト期間中だ。頭脳明晰であるリコにとっては何の問題のない行事にしかすぎないが、ベッドで居眠りを続ける男、青峰にとっては非常に困難な行事である。
そこで青峰は救いの手を求めるべく、恋人でもあるリコの元へやってきたのだが。

「――起きろアホ峰!」

傍にあったクッションを掴み、力任せに彼の顔を叩く。

「……ってーな。なんだよ?」

頭をがしがしと掻きながら、ようやく青峰が目を覚ました。

「少し休むから三十分経ったら起こせって言ったのはあんたでしょーが!」
「あー?そうだっけ?」

ふわあと大きな欠伸。彼の態度にリコは怒りで顔が熱くなっていくのを感じた。

「なによ、今さら泣きついてきたって教えてあげないんだから!」
「別にー。明日のテスト、保健体育だし」
「数学って言ってたでしょーが!」

うるせーな、と青峰は怒りで肩を震わしているリコを見上げて、口角を上げる。

「なんなら俺がアンタに保健体育を教えてやろうか?」

カモン、と言っているかのように自分の隣を空ける青峰。

「いらんわ!」

リコは手にしていたクッションを青峰に投げつけた。

「本当にもう知らないんだから!」

そういって青峰に背を向け、席に戻ろうとしたときだった。
くい、と後ろから洋服を掴まれ、足が止まる。
眉間に皺を寄せたまま振り返れば、少し寂しげな顔をする青峰がぽんぽんとベッドを叩いた。
一人分のスペースを空けたままにしているのは、ここへ来いとリコに言っているようだ。
彼の寂しげな表情を見た瞬間、リコはうっとうろたえる。

(……そうやって、たまにそんな顔するから)

いつもいつも調子が狂うのだ。

「……やだ」

洋服を掴む彼の手を振り払うと、今度はその手を掴まれた。

「来いよ」

彼の手に力が籠もる。
リコはため息をつき、青峰の方へ振り返った。

「……少しだけよ」

青峰に背を向けてベッドへ潜り込むと、すぐさま背後から青峰の腕が回ってきた。
青峰はリコの首に顔を埋め、ふうと息を吹きつける。

「ちょっ……!」
「あーわりぃわりぃ」
「へ、変なことしたら殴るからっ」

それは勘弁、と口にすると、青峰はふわあと大きな欠伸をする。
リコは彼がいつも以上に眠そうにしているのを不思議に思い、くるりと彼の方へ体を向けた。

「昨日、遅くまで起きてたの?」
「んー」
「なに、ゲーム?」
「ちげーよ」
「じゃあ、ただの寝不足?」
「……遅くまで勉強してた」

思いがけない彼の言葉に、リコは思わず、は?と聞き返してしまった。

「……今日、アンタとイチャつこうと思って勉強してた」
「……は、え、えぇ?」
「そんなに見んなよ」

青峰はリコから目を逸らす。そんな彼の頬が赤くなっていることに気付いたのと同時に、リコは彼の腕の中へ包まれた。

「……でも、ちょー眠い」
「……要領悪いわね。やっぱりアホ峰」
「うるせー」

青峰の胸に体を預けると、とくんとくん、と彼の心臓の鼓動が耳に届いた。

「なーやっぱ少し寝ていい?」
「……うん」
「起きたらエッチしていい?」

どすん、と青峰の腹に拳を入れる。

「……冗談だっつーの」
「冗談に聞こえませんでした」

二人は顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。
互いの温もりを感じながら目を閉じる。

「……おやすみ、青峰くん」
「ん、おやすみ」

ふわり、と唇に何かが触れた感触がしてリコは目を開けた。
それがキスだと気付いたときには、目の前にいる青峰は何食わぬ顔で眠りについていて。
まったく、と思いながらもにやけてしまう自分を隠すように、リコは青峰の胸の中へ顔を埋めるのだった。




end
 

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