Kurobasu

□君に内緒。
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夏の雨は嫌いだ。集中豪雨なんて尚更嫌いだ。
降り始めは小雨なのに、だんだん雨足が強くなっていって、最終的には外にいることさえままならなくなる。例えば、ほら。今みたいに。




(……最悪だ)

だんだんと雨足が強くなっていく空模様に嫌な予感を覚えながら、リコは通学鞄を頭の上にかざして一時的な傘代わりにしながら街の中を走っていた。
水溜まりを踏むたびにピシャピシャと水が跳ねるが、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。
一刻も早く、屋根のある場所に避難しなければ。

今日の部活は午後からとなっていて、リコが家を出たころはまだ空には青空が広がっていた。天気予報も雨が降るなんて言っていなかったものだから傘を持っていくはずもなかった。

(だから夏の雨は嫌なのよ!)

通学鞄で雨をしのぐも、体には容赦なく冷たい雨が降り注ぐ。しかも、夏の生温さもプラスされ蒸し暑いわ制服が体に張りついて気持ち悪いわでどうしようもない。
はあ、とため息をつきかけると、ふと雨宿りにはちょうどいい屋根のある店が目に入った。店はシャッターが下りていて営業をしている様子は窺えなかったが、こちらとしては好都合だ。
屋根のあることに感謝して、リコはなりふり構わず屋根の下へと飛び込んだ。

「はあっ……はあっ……」

息を整えながら目を開けると、目の先に足があることに気が付く。そのまま視線を上にあげて――――

「――うわっ!」

思わず叫んでしまった。
叫ばれた相手は眉間に皺を寄せてしまうのも無理はなく。しかし、シャッター越しに寄りかかるその人は、突然の来訪者を見るなり目を丸くさせた。

「み、緑間くん」
「貴方は誠凛の……」
「ごめんなさい、まさか人がいるなんて思ってなくて、」

動揺を隠せないリコは慌てて後ろへ後退る。別の場所へ移動しようかと思ったが、ちらりと振り返ればすでに雨は地面に激しく音を打ち鳴らせながら降り注いでいた。
前が見えないほどのどしゃ降りの中を走る根性は生憎持ち合わせていない。
どうしようか、とリコはうろたえる。

「……そこにいると濡れるのだよ」

リコの挙動不審に気付いた緑間が、自分の隣を空けてくれた。
ぽたり、と水滴が髪を伝ってリコの頬へ流れていく。
「じゃあ……お邪魔します」




通学鞄で雨避けはしていたものの、制服はひどく濡れてしまっていた。
鞄から部活用にと持ってきたタオルを引っ張りだして髪を拭く。

(……部活、遅刻しちゃう)

携帯に映し出された時刻を見てはため息をついた。
早く止まないかなぁ、と空を仰げば、隣にいる緑間も同じように空を仰いでいた。
なんとなく彼に視線を向けてみると、ふいに緑間がリコの方へ振り返る。目と目が合い、互いの動きが止まった。

耳に届くのは、地上へ降り続ける雨音だけ。

「……どうかしましたか?」

沈黙に耐えかねたのは緑間だった。リコは彼を見上げたまま、ぼんやりとした口調で言葉を紡ぐ。

「……私服、だと印象違うなあって」

そういうと、彼は反応に困ったらしく、少しばかり目を逸らす。
会話が途切れ、リコは慌てて次の言葉を探した。

「今日は部活オフなんだ?」
「はい」

が、しかし、またしても会話が終了してしまう。どうしたものかと考え込んでいると、突然、手の中の携帯が震えだした。

「あ……ごめんなさい、電話に出てもいいかしら?」
「構いませんよ」

緑間に了承を得ると、彼から一、二歩間を空けて通話ボタンを押した。

「もしもし、日向くん?……うん、そうなの。ごめんなさい、部活少し遅れそうで」

電話の相手は日向だった。
もうすぐ部活が始まる時間なのに、なかなかやってこないリコを心配していたようだ。
それからしばらくして電話を切り、改めて緑間にお詫びをしようと顔を上げたら、彼は熱心に携帯を眺めていた。邪魔するのもどうかと思い、黙ったまま緑間の隣へ戻る。
緑間はリコが隣に戻ってくると、携帯をポケットにしまい込んだ。そのまま手を降ろした瞬間、コツンとリコの手と触れ合う。

「……あ」
「……すまないのだよ」

緑間を振り返ると、またしても彼と目が合う。
互いにほんのりと頬を赤く染めていることに二人は気付くことなく。リコは緑間を見上げたままその場に立ち続けた。
ふと、緑間はリコが何か言いたげな様子だということに気が付く。

「……何ですか?」
「……今日は人事を尽くせなかったのかなあと思って」
「は?」
「だって、雨降ってきちゃったから雨宿りしてるんでしょ?ツイてないわよね、緑間くんにしては」

そういう日もあるのねー、とリコがにやにや笑いながら緑間の脇腹を肘で小突く仕草をすれば、思いがけない彼女の乗りに緑間は一瞬戸惑いの表情を浮かべる。
緑間の中でのリコのイメージはただただ勇ましい、というものだった。誠凛のバスケ部員を引き連れ、凛々しい姿で先頭を歩く――そんな彼女しか知らない緑間にとって、冗談混じりで小突き合いをする彼女の姿は非常に新鮮なものだったのだ。
緑間はそんなリコをじっと見つめ返す。
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