×ボカロ

□メランコリック
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最近、水戸部くんとよく目が合う。
部活のときはもちろん、廊下ですれ違ったときもそうだ。最初は気のせいかと思ってたけど、目が合うたびに彼は嬉しそうに笑いかけてくれて。どちらかといえば、私と目が合うのを待っているかのような。

(……あ)

ほら、また。
日向くんたちの輪の中にいる水戸部くんと目が合った。
にこりと微笑む彼の笑顔はとても優しい。
意識してみると、案外恥ずかしいものだ。はにかみながら目を逸らし、特に何もないが前髪をいじる振りをした。


今日の部活はオフという名のミーティングである。今までの他校との試合を見直して、今後の練習課題を見つける、というビデオチェックをしていたのだが。
大体まとめ終わった途端、集中力が途切れたのか、みんなは他愛のない雑談へと花を咲かせ始めてしまった。
それでも、私も日向くんも何も言わない。だって、今日はオフという名のミーティング。つまり、ミーティングという名のオフでもあるのだから。

私は好き勝手騒ぎ始める彼らの輪には入らず、一人ぼんやりと窓際の席に座って窓の外を眺めていた。

(……なんでこっち見てんだろ)

少し落ち着いてから水戸部くんの方へ視線を向けてみる。彼はもう私の方は見ていなく。少しほっとしたのと同時に寂しいと思ってしまったのはなぜだろう。

(……変なの)

モヤモヤする。よくわからないのだ。水戸部くんと目が合うたびに不思議に思う。私に何か言いたいことがあるのかな、とか、また目が合った、と嬉しくなったり。掴み所がない、というより、私は水戸部くんのことがわからないし、よく知らないし……

「むかつく」

そうつぶやいて机に突っ伏せば、前の席に座っていた小金井くんがくるりと振り返った。

「……あのう、俺なんかしたっけ?」
「してるわよ。むかつく」
「えー?どうしたの、カントク」

唐突に暴言を吐いたって、小金井くんは心配そうに私の顔を覗き込んできてくれた。憎めなくて、優しい奴。

「……なんで、わかるのよ」
「なにが?」
「水戸部くんの言いたいこと」

正直、私にとって水戸部くんは不思議キャラだ。まだ一回も喋ってるとこは見たことないし、何を考えているかもわからない。優しくて、頑張り屋なのはよく知ってるけど。
いつからだろう。もっと彼を理解したいと思い始めたのは。
彼が何を言いたいのか、何を考えているのか、私は知りたいのだ。

「んー、そりゃ長い付き合いだから?」

小金井くんは手にしていたペンをくるりと器用に回す。
彼の目の前の机には教科書とノートが置かれていた。どうやら明日までの宿題が終わらないらしく、みんなの輪に入りたいけど入れない状況下にいるらしい。

「……そういうもんなの?」
「そーじゃん?以心伝心的な」

――以心伝心、か。
それができたら、こんな悩んでないんだけどな。

「てか、なんで急に水戸部?」
「それは……なんとなく」
「ふうん?」

机に突っ伏したまま小金井くんから窓の外へ視線を変えたとき、私同様に彼も机に突っ伏してきた。
再び小金井くんに目を向ければ、かなりの支近距離に彼の顔があった。一瞬驚いたが、私も小金井くんも離れようとはしなかった。
端から見れば、男女二人が同じ机に横になってイチャついているような光景だ。
それでも私は何の感情も湧かなかった。それは相手が小金井くんだからだ。彼のことは好きだけど、そういう意味での好きではない。きっと、小金井くんも私と同じことを考えているはずだ。
私と小金井くんは、大切な仲間で、気の合う友達なのだ。

「水戸部って最近カントクのことばっか目で追ってるよ」
「……知ってる」
「んで、カントクも水戸部のこと目で追ってる」
「え?」

思わず間抜けな声を上げた。彼は可笑しそうに笑う。

「まさかの無自覚?」
「……まさかの無自覚」
「カントクさ、水戸部のことわからないって言うけど、実際わかってるんじゃない?ていうか、わかるよ」
「……私は小金井くんみたいに器用貧乏じゃないの」
「そーかなあ。水戸部って結構わかりやすいけど。すぐ顔に出るもん」
「そうなの?」
「うん。特にカントクのことになると――うわっ!」

突然、視界から目の前にいた小金井くんが消える。
驚いて顔を上げれば、そこには小金井くんの制服の襟を掴んで立っている水戸部くんがいた。

(……あれ?)

水戸部くんの表情がいつもと違うことに気付く。不機嫌そうな、困っているかのような。

「ごめんごめん!水戸部!」

水戸部くんに引っ張られた小金井くんは申し訳なさそうに手を合わせる。

「カントクとの距離が近かったのは俺の不注意で、」
「……」

水戸部くんの表情が少しだけ柔らかくなった、気がした。
椅子に座り直した小金井くんは水戸部くんと会話……をする。会話というよりかもはやテレパシーとしか言いようがない。

(なんか、いいなあ)

ぼーと二人を眺めていると、急に小金井くんが私の方へ振り向いた。

「水戸部が飲み物買いに行こうだって」
「あ、うん。いってらっしゃい」
「違う違う。俺じゃなくて、カントクと!」
「……えっ?私!?」

思わず聞き返すと、水戸部くんはにこっと笑い、すたすたと先へ行ってしまう。

「えっ、ど、どうしよう。意志疎通できない」
「できるできる!カントク、もう二年目だよ?俺らとの付き合い」
「で、でも今まで水戸部くんと二人きりってそんなになかったし」
「だから、やっと今日二人きりになれるんじゃん。飲み物買いに行くなんて、ただの口実だろうし」

さあ行ってこい、と小金井くんに背中を押され、私はとうとう水戸部くんの背中を追いかけるように歩きだした。


どうして水戸部くんが突然飲み物を買いに行こうって言ったのかわからない。小金井くんはただの口実だと言ったけど。私にはわからない。
わからないけど。

「……ねえ、水戸部くん」

声をかけると、水戸部くんはゆっくり振り返った。

「もしかして、さっき嫉妬してた……?」

すると、彼は人差し指を自分の口元に当てる仕草をした。

――内緒だよ。

水戸部くんの言葉が、確かにはっきりと心に届いた。
小金井くんに嫉妬したことか、私と二人きりになりたかったことか、やはり彼の考えは今だにわからないことばかりだけど。私の考えはどんどん自意識過剰になってしまって。

(私のこと、好きなの?)

なんて、恥ずかしくて言えないけれど。

でも。


わかったことはただ一つ。




メランコリック

(どうして水戸部くんのことをもっと知りたいって思ったのか)

(それは、いつの間にか私も彼のことが好きになっていたからだ)




end
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