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□ジューンブライドに夢を見て
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「やっぱり、結婚するなら六月の花嫁かしら」
何気なく呟いてしまった言葉だったけれど、私の目の前に座っていた水戸部くんには少々過激(?)だったようである。
お茶を飲んでまったりとしていた彼は盛大にも、ぶはっと咳き込んでしまった。
――ていうか、ぶはって。
私は苦笑しながらも珍しく慌てている彼に目を向けた。
「どうしたの、急に。大丈夫?」
背中をさすってあげようと立ち上がろうとした私を、水戸部くんは片手を前に突き出して制する。
大丈夫、と言っているらしい。
私はイスに座り直すと、テーブルに両肘をついて身を乗り出した。
「もしかして、結婚に反応したの?」
尋ねると、水戸部くんの頬がほんのりと赤く染まる。つられて、自分の頬も赤くなったような気がした。
はにかみながら彼を見つめる。
「ごめんね、なんだかふと思っちゃって」
特に意味はないのよ、と付け足すと、水戸部くんは少しだけ寂しげな表情を浮かべた。彼の様子に慌てて両手を体の前で振る。
「や、あの、別に水戸部くんとの結婚を考えてないとかそういうことじゃ……」
言ってからしまった、と思う。
急激に熱が上昇した。熱は頬へ集中し、私に赤面という結果をもたらす。
恥ずかしくて俯いてしまうと、水戸部くんは私の頭にそっと手を伸ばしてきた。なでなでと心地の良い撫で方に顔を上げれば、笑みを浮かべる彼と目が合う。
私はむうと頬を膨らました。
どうやら、彼は私を困らせるために演技をしていたようである。意外とやりおるんだから。
「……意地悪」
ぼそりと呟けば、ごめんね、と彼の声が聞こえたような気がした。
――ああ、まただ。最近、多くなったな。
どうしたの?と水戸部くんが首を傾げる。ああ、ほらまた。
「ううん。最近、水戸部くんが何を言ってるのかすんなりと分かるようになったなって思って」
言いながら、あ、いま私、にやけ顔で話してるかも、と感じた。
「一年のころは大変だったわよね。小金井くんがいないと会話は成り立たないし……」
ふっと顔を上げると、水戸部くんの手が私の頬に触れた。
切なそうな表情を見せる彼に、はっとして我に返る。
「や、やだ!そういう意味じゃないわよ!面倒臭いなんて思ったことはないわ!ただ、」
私は自分の髪に手を伸ばし、指先でいじった。
「……あの頃も、今みたいに水戸部くんの気持ちを理解できてたら、何か変わってたのかなって」
もしかしたら、今よりももっと彼に近付けていたのかもしれない。そう思ってしまうときが時々あった。
今の距離感に不満があるわけじゃないけれど、できるならもっと彼のことを知りたいと思う。
どんなときに笑って、どんなときに悲しむのか。
――自分に何を伝えたいと思ってくれているのか。
「……小金井くんレベルに達するにはまだまだ時間がかかりそうだわ。もう少し、待ってもらえるかしら?」
――貴方のことを誰よりも理解できるまで。
言い終わると、水戸部くんは私の頬から手を離した。
「……水戸部くん?」
あ、と思った。
――だめだ。
今の水戸部くんの気持ちが読み取れない。
「……怒った?」
水戸部くんはふるふると首を横に振る。
「……重い女って思った?」
またしても首を横に振られる。
「……嫌いになった?」
それは全力で否定してくれた。……ちょっと嬉しい。
「じゃあ、何……?」
おそるおそる尋ねると、水戸部くんはにこりと笑った。
私はんー、と声に出しながら考え、もしかしたらと一つの答えに辿り着く。
「……嬉しかった?」
こくん、とようやく首が縦に振られた。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、疑問が生じる。
「え、じゃあ、なんで手離したの?なんで、」
新たな不安を胸に宿らせながら水戸部くんを見上げる。すると突然、彼は悪戯な笑みを私に向けてきた。その瞬間、私はまたやられた、とすぐにそれを理解する。
――触ってほしいの?
彼が言ったであろう言葉に、カアッと一瞬で顔が熱くなったのが分かった。
「――違う!!」
大きな声で否定すれば、水戸部くんは一層楽しそうに笑う。
彼、たまにこういう一面があるんだよなあ。
からかうのが意外と好きなのかもしれない。
「……水戸部くんって、意外とSよね。人をからかうなんて、水戸部くんはしない人かと思ってたわ」
少しオーバーにつんとした態度をとってみる。仕返しのつもりだった。
案の定、水戸部くんはおどおどと慌て始める。そういうとこ、可愛いなあ。
「……なによ」
でも、まだ許してあげないんだから。
少し怒ったように彼を見上げてみる。水戸部くんは私を指差して何かを必死に訴えていた。
ちょっとやりすぎたかな、なんて思っていたら、あれ、と何かに気付く。
何か。水戸部くんが、私に伝えようとしていること。
……私を指差して、私?私……え、もしかして。
「水戸部くん」
うそ、何それ。
「……私だから、からかう、の?」
どぎまぎしながら聞いてみると、彼は大きく頷いた。
――だって、可愛いから。
そう言われたような気がした。できるならば、自意識過剰であってほしい。
彼の大きな手の平が、もう一度私の頬に触れた。
何?と顔を上げると、彼の顔がすっと近付いてきて――――
「ちょおっ!?」
咄嗟に身を引いて立ち上がってしまった。
キスの空振りを食らい、彼は寂しそうな表情をする。
――いやいやいやいやちょっと待ってくれ。むしろ落ち着け、私。
「だ、なっ、ちょっ、」
どうしよう、心臓が壊れそう。だから不意打ちは苦手なんだ。
……未遂だけど。
水戸部くんは不安そうに私を見ている。嫌われたかと思っているようだ。
「……大丈夫。怒ってないし、嫌いにもなってないから。ごめんね、ちょっとびっくりしちゃって……」
冷静を取り戻してから再びイスに座る。
途端、がたんと水戸部くんが立ち上がった。そのまま私に背を向けて部屋の奥へと向かってしまう。
……え、え、なに?この状況。何が起きたの?
彼の行動に真意を見出だせない。
水戸部くんと付き合い始めてから、月日は結構経っていた。でも、一度もこのような状況を迎えたことはなかった。
だから、どうしたらいいか分からない。
彼がいま何を思って何を感じているのか、それが分からないことが一番の不安だった。