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□煌めく世界
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※青峰大学二年生、リコ大学三年生、同棲設定。
それでもOKだ、という方のみどうぞ。










外に目を向ければ、ちらほらと雪が降り始めていた。
――いけない、傘持ってないわ。
駅の改札口を抜けると、壁に寄りかかる青い髪がちらりと見える。

「お待たせっ」

そんな彼の元へ、ぴょんっと飛び跳ねるように現れた女性、相田リコは満面な笑みを浮かべながら彼の顔を覗き込んだ。

「……おう」

彼――青峰大輝はリコを一瞥すると、大きな欠伸をして壁に寄りかからせていた体を起き上がらせる。
寒空の下へ足を踏み出せば、彼の頭に雪の結晶が降り注いだ。

「青峰くん、傘は?」
「あぁ?持ってねーけど」
「えぇー」

まあ、私も持ってないけどさ。
リコはそう口にすると、ポケットに手を突っ込んでは悠々と先を歩く青峰を追いかけるように歩きだした。

「……アンタ、帰ってくんの遅すぎ」
「え?今日はゼミがあるから遅くなるって言ったじゃない」
「そーだっけか?」
「そーでした」
「そりゃあ悪うござんした」

はー、と息をつけば、吐き出された吐息はたちまちに白い息へと変わっていく。やはり、夜になってしまうと寒さは厳しくなるな、と夜空を見上げながらリコは思う。
夜空に向けた視線を、数歩前を歩く彼に向けてみた。
自分が持つ特殊な目を使わずとも、彼の体格は出会った頃よりもさらに良くなっていることがわかる。身長も少し伸びたようだ。
少しだけ長くなった襟足を見つめ、リコは口を開く。

「迎え、来てくれてありがとう」
「……別に。どうせ、帰るとこ一緒だろ」
「……うん。でも、今日って青峰くん、授業終わるの早い日じゃなかった?」

――帰るとこ一緒だろ。
何気なく言われた言葉にリコの頬は熱を帯びる。
青峰は大学に入ると同時に一人暮らしを始めた。
高校時代からの付き合いがあるリコに、青峰はただ一言、俺ん家に来い、と言った。その日のことは、今でもよく覚えている。

「……ふふっ」

突然笑いだしたリコに、青峰は驚いたように振り返る。

「なんだよ、気味悪ぃーな」
「ふふっ……ちょっと思い出し笑いしちゃって」
「あー?なんの」
「あんたが私と一緒に暮らそうって言ってきた日のこと!」
「……言ってねーよ、そんなこと」
「ええっ?言ってたわよー」
「俺はただ、俺ん家に来いって言っただけだ」
「私にはそう聞こえましたー」

おどけたように笑い、軽やかな足取りで青峰を追い越そうとすれば、チッと舌打ちをした青峰がそれを制す。
大股で歩きだしてしまった彼には走らなければ追いつけない。
照れているのだと、リコは気付いた。途端に彼に対する愛しさが込み上げてくる。

――そういうとこ、昔から変わってないんだから。

なんて、一人にやけながら、ゆっくりとした足取りで彼の後を追う。

(……雪、本降りになるのかしら)

リコは見上げた空にため息をついた。
ふわり、と雪が頬に触れ、溶けていく。
暫し空から舞い降りてくる雪を見つめながら歩いた。
明日、雪が積もったら雪だるまでも作ろうか。そんなことを考えていたら、先に歩いていってしまった青峰の姿が見えてきた。
不機嫌そうな顔をしてるくせに、律儀に待ってくれているなんて、とリコは声に出して笑ってしまう。
遅ぇーよ、何また笑ってんだよ、と彼は口を尖らせるが、リコからして見れば可愛いものだ。

「……そういや、よく許してくれたな」

唐突に話を振られ、リコはなにが?と聞き返す。
彼女に背を向けながら、青峰は言った。

「アンタの父親」
「……ああ、同棲するってこと?」
「そっ」
「そりゃあ、愛の力かなー」

なんてね、と青峰の背中を見つめながらリコは自慢げな口調で話し続ける。

「高校時代はなかなか会えなかったからね。あ、これでも私、寂しかったのよ?だから大学に入ったらできるだけ青峰くんと一緒にいようって決めてたの」

照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに話すリコ。
すると、ふいに青峰の足が立ち止まる。つられてリコも立ち止まってしまった。

「……青峰くん?」

彼が深い息をついたのがわかった。そして、リコの方へ向き直る。

「……遠回りして帰んぞ」
「へ?」

青峰はリコの有無の返事など一切聞かず、手袋をはめている彼女の手を掴むなり、引っ張るようにして歩きだした。

「ちょっ、青峰くん!?」

リコは全体重をかけて青峰の歩みを踏み止める。はじめは気にせず突き進んでいた青峰も、とうとう諦めたようにリコの方へ振り返った。

「んだよ」
「んだよ、じゃないわよ!雪!わかる?雪降ってんの!遠回りなんかしてたら風邪ひいちゃうわよ!」
「そんなヤワな体してねーよ」
「ばかっ、スポーツ選手が……!」

頑固だな、と青峰はやれやれと言ったように肩を竦めてみせる。
リコの手を離したかと思えば、ふるふると頭を振り始めた。ぱらぱらと頭に積もった雪が落ちていく。
次に何をするかと思えば、青峰の大きな手の平がリコの頭に触れた。次の瞬間、彼は彼女の髪をわしゃわしゃと乱暴に撫で回したのだ。

「っ!?」

訳がわからず、棒立ちになるリコ。彼女の髪から落ちていく雪の結晶たち。
青峰はリコに向かってぐっと親指を突き立てた。

「これで大丈夫だ」

――こんのアホ峰!!

全然大丈夫じゃない、と反論しようにも時すでに遅し。
青峰は再びリコの手を掴むと、力強く手を引いて歩きだしてしまったのだ。









(……あ、こんなとこにストバスがあったんだ)

人気の少ない道に入ったかと思えば、がらんどうとしたストリートバスケ場へ辿り着いた。
ぐるりとフェンスに囲まれたコートを眺めていれば、青峰の歩幅が緩やかになる。
暗闇に浮かび上がる自動販売機の光。それを見つけると青峰はリコから手を離した。

「何か飲むか。何がいい?」
「……ココア」
「コーヒーな」

ピッとボタンを押す音が響く。

「ちょっ、私ココアがいいのに!」
「リコはコーヒー」
「はあ?何それ」
「ほらよ」

ぽいっと投げられる缶コーヒー。慌てて両手で受け取ると、じんわりと温かさが伝わってきた。

「……ココアがよかったのに。なんでコーヒーなのよ」
「これで今晩、目が冴えて寝れないだろ?」

――夜、ちょっと付き合えよ。

にやりと笑う青峰に、リコは瞬時にその言葉の真の意味を理解する。

「ふふふふざけないでっ、アホ峰の馬鹿っ!」

ぷしゅっと音を立てながら蓋を開ける。

(……コーヒーなんか飲まなくても、いつも寝かせてくれないくせに……)

そこまで考えて、はっとする。みるみるうちに体が熱くなっていくのを感じた。
違う違う、何考えてんのよ!!
リコは気を取り直そうと缶に口をつける。

「あー……実はさ」

青峰のおもむろな口調が辺りに響く。
自動販売機の取り出し口にしゃがみ込んでいた彼が立ち上がった。


「俺、アメリカに行こうと思う」


一口も飲むことのなかった缶コーヒーがリコの手から滑り落ちた。
缶が地面に落ちる音と、中身が辺りに飛び散る音だけが、静寂な空気に吸い込まれていくようだった。
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