2
□1月31日
1ページ/2ページ
――――1月31日。
今日はどうやら、黒子の誕生日らしい。
「黒子くん、黒子くん!今日誕生日なんでしょ?おめでとー!!」
「これあげるー!」
俺の席の後ろから聞こえる、女子特有の高い声。
普段影の薄い奴が、今日は一段と影が濃い、というか、存在感があるように感じるのは、一種の誕生日マジックなのだろうか。
影が薄い、存在感がない。だから声をかけたくてもかけられないし、話題もない。しかし、誕生日という話題がある今、ここぞとばかりに黒子に話しかける女子の数といったら。
「……お前、案外モテるんだな」
女子たちがいなくなったのを確認してから、俺は黒子の方へ体を向ける。
見ると、黒子の机にはたくさんのお菓子が積まれていて。
そういや、日本にはこうやって食べ物を供えるもんがあるとか言ってたな……なんだっけ、地蔵?
「つーか、なんでお前の誕生日が女子に知られてるんだ?教えたのかよ?」
「さあ?なんででしょうね」
お菓子の山を人差し指で突っついていた黒子は特に気にする様子もなく、読みかけの本に目を落とした。
黒子の顔を眺めていたら、俺の視線に気付いたのか、黒子が顔を上げる。
「……なんですか?」
「いーや、あんま嬉しくなさそうだなって思ってな」
ぴんっ、と手前のクッキーが入った箱を指で弾くと、黒子は不思議そうに首を傾げた。
「いえ、すごく嬉しいですが?」
「はあ?まじで?」
はい、と黒子は淡々と答える。しかし、そう口にする当の本人は表情一つ変わっていない。
まあ、普段からあんま顔に出すような奴でないことは知っているが、嬉しいなら少しは表情に出した方がいいんじゃねえか?
と、俺は思うが。
「……最近の女子はこんな奴がいいのか?」
そういや、桐皇の桃井?だっけか。あいつもこいつのこと気に入ってたな。
結構可愛かったのは覚えている。
「黒子、お前もっと表情豊かにした方がいいんじゃねえ?」
「火神くんは豊か過ぎだと思いますが」
一言余計だっつーの、って黒子の額にゴツンと軽く拳をお見舞いしてやると、痛いです、と相変わらず無表情の黒子が答えた。
(……ったく黒子の奴。次移動教室だって言ってたじゃねーか)
昼飯を食べ終え、ふと後ろに目をやると黒子がいなくなっていたことに気が付いた。
時計に目をやると、もうすぐ授業が始まる時間帯である。しかし、黒子が教室に戻ってくることはなく、ただ黒子の机には次の時間の教科書やらノートやらがきちんと置かれているだけ。
はあ、と大きくため息をついてから立ち上がる。しょうがないから、黒子の分も持っていってやるか。しょうがないから、な。
早くバスケしてー、なんて思いながら階段を下りていく。
そんなとき、ふいに淡い水色の髪が視界に入りこんだ。
すぐに黒子の姿だと認識する。
「おーい、黒……」
振り上げようとした手が止まった。ついでに足も止まる。
少し離れた場所にいる黒子。そして、黒子と向き合っているのは、紛れもなくカントクだった。
何を話しているのだろか。二人の会話までは聞こえない。聞こえないはずなのに。
「……」
視界に映る、黒子の横顔。
思わず目を見開く。
視界に映ったのは、黒子の――――
「黒子!」
声をかけると、黒子が振り返った。
少し驚いたような、そんな表情。
カントクはすでにこの場からいなくなっていて、遠くからカントクの足音が耳に届いた。
「次、移動」
「……ありがとうございます」
黒子の教科書を手渡してから、次の授業への教室へと歩き出す。
「カントクと何話してたんだ?」
「……覗き見ですか?」
「通りかかっただけだ。教科書持ってきてやったんだから、んなこと言うなよ」
「……たまたま会ったので、少し話をしていたんです」
「で?」
「誕生日おめでとう、って言われました」
ちらっ、と隣にいる黒子に目を向けてみる。
「……嬉しかったのか?」
そう言ってから、前へと視線を戻す。
「はい、もちろん嬉しかったです」
「ふうん。よかったな」
「はい。今日、部活が終わったあと、マジバでバニラシェイクを奢ってくれるそうです」
ふーん、と相槌を打った。
――なんだ、そういうことか。
「あ、」
思い出したかのように口に出すと、黒子が俺を見上げてきた。
「なんですか?」
「いや……」
口をもごもごさせ、がりがりと頭を掻く。
そういや朝から一緒にいたのに、まだ言ってなかったな。
「黒子、」
――――誕生日おめでとう。
言い終えてから黒子を見やれば、黒子は一瞬驚いたように目を丸くさせてから、ありがとうございます、と優しく呟いた。
"誕生日おめでとう"
やっぱ、好きな人に言われるのが一番嬉しいのだろうか。
だって、カントクと話してたときの黒子の横顔。
すっげー幸せそうに笑ってたし。
end