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□Utopia
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※青峰→高校二年生 リコ→高校三年生

















恋とバスケ。
どちらか一つを選べと言われたら、それはもちろん後者だ。
俺にとってバスケは生活の一部でもあるし、もはや自分の一部ともいえる。だから、バスケのない生活なんて考えたこともなかった。
バスケして、飯を食って、バスケして寝るだけの、そんな毎日の繰り返し。苦ではない。むしろ、それが当たり前だから。
当たり前、だったのに。
そんな毎日が少しずつ変わり始めたのは、俺が相田リコにそーいう感情を抱いてしまったことが原因だと思う。
そーいう感情。たぶん、恋。
予兆がなかったわけではない。テツと火神の監督で、それなりに関わりもあった。最初はちっちぇおっぱいの女っていう印象だったけど、試合会場でアイツの姿を見かけるたびにもっと話してみたいとか、もっと近くで見てみたいなとかそう思うようになって。
さつきが言うには、それが恋というものらしい。ああ、そうか。これが恋か。そう自覚してしまうと、やけにアイツに反応してしまうようになった。
さつきの伝でメアドを交換して、それなりに連絡を取り合う仲になって、周りからは付き合ってんの?って聞かれるようにもなった。
バスケの合間にメールもするし、時間があれば電話もする。そんなことを聞いたら付き合ってるって思われても仕方ない、のだろうか。でも、俺とアイツの関係は所詮友達止まりだ。
自分でも言うのもあれだが、たぶん、アイツも俺のことが好きだと思う。目が合うと頬を赤らめて視線を逸らすし、電話越しのアイツはいつも楽しそうだし。自意識過剰、でもいいかなと思う。だって、そのときのアイツ、すっげー可愛いし。
でも、いつだって肝心なことは口にしない。俺も、アイツも。
告白さえすればアイツの彼氏になれるし、アイツの傍にずっといられる。
互いに想い合っているのにそれ以上進もうとしないのは、俺にはバスケがあるからだ。
今はバスケに専念したい。それはきっと、アイツも同じで。
連絡を取り合うだけの仲。アイツに会いに行ったこともないし、休日に遊んだこともない。そりゃあ、練習試合とか試合会場で会えたら嬉しくなるし、少しだけでも直接話せることがあったら、俺、本気でコイツが好きだなって実感する。
それでも、あと一歩を踏み出そうとはしなかった。今の関係に満足している、というのもあるのかもしれない。
もちろん、ケンカだってするときもある。それはだいたい、些細なことだったりするんだけど。それ、もう付き合ってるんじゃないの?ってさつきは笑う。俺は違うって否定するけど、思い出すのはアイツのことばかり。
アイツは、俺が告白してくれるのを待っているのだろうか。何も言わないでいてくれるのは、バスケに打ち込む俺の邪魔をしないようにしてくれているのだろうか。アイツは何も言わない。でも傍にいてくれるから、俺は安心してしまうんだ。
安心してしまうから、つい口にしてしまう。
――今はバスケがしたいから。バスケに集中したいから。
都合が悪くなればバスケを口にする。そうすればアイツは許してくれる。だって、俺たちは付き合っていないのだから。
――付き合ってないくせに。
もちろん、そんなことを言えばアイツが傷つくことも、何も言い返せないことも知ってる。知っているのに、そんな言葉をアイツに突きつけるんだ。
子供だなあって思う。自分の都合が悪くなれば、バスケだって、年下だって、そう言えば許されると思っていたんだ。
だから、俺はアイツに告白なんてしなかった。いつでも逃げられるように。アイツからの逃げ道をずっと作っていたんだ。
あの日も、些細なことで口げんかをした。電話で他愛ない話をしているときだった。
そういうときはいつも俺が勢いで心にもない言葉を口にしてしまう。アイツはいつも黙ってるだけ。でも、その日は違った。
アイツのかすれた小さな声が、今も耳に残っている。

『青峰くんと付き合う女の子は、きっと大変よね』

皮肉混じりにそう言って、それ以上は何も言わなかった。
それからなんとなく和解はしたけど、いつもみたいには戻れなかった。気まずくて、ぎこちなくて、心のどこかがずっと騒ついたまま。
初めて、アイツに会えないことを悔やんだ。

俺は怖かっただけだ。
アイツと付き合うことになったら、バスケは二の次になってしまうんじゃないかって。だから告白なんてしなくて、でもアイツを傍に置いといて。
それでも逃げ道を作って、アイツと向き合うことを避けていた。俺は一体、何がしたかったのだろう。
俺は、本当にアイツが好きなのだろうか。
自分勝手で口が悪くて、バスケのことしか考えてない俺を、アイツは今も俺のことを好きでいてくれてるのだろうか。

アイツの言葉が頭の中でずっと鳴り響く。
それでも、俺がアイツに想いを告げることも、アイツが俺に想いを告げることも、なかった。













「……なんだよ、来てたのかよ」

さつき、とぶっきらぼうに声をかければ、ベッドの上にうつ伏せで横になっていた彼女はゆっくりと体を起き上がらせた。
真っ白なシーツに彼女の桃色の髪はよく映える。しかし、彼にとっては見慣れたものだ。

「あれえ、青峰くんおかえりー」

にへらと笑みを浮かべる桃井の姿に、青峰は大きなため息をついた。

「人のベッドでなに悠々と寝てんだよ」
「だって青峰くんのベッド気持ちいいんだもん」
「知らねーよ、この不法侵入野郎」
「私と青峰くんの仲でしょー?なにを今更」

まあそうだけどよ、と言い淀みながら、青峰は椅子に腰を下ろす。それから、ふわあと大きな欠伸をして伸びをする桃井に目を向けた。

「お前、そろそろそーいうのやめろ」
「んー?」
「一応、俺も男だっつーの」
「ええっ?どーしたの青峰くん。今までそんなこと言わなかったのに」
「……いーから早く、」
「あっ!わかった!!」

ぱっと桃井の顔が輝く。数秒前までの眠たげな表情はどこへいったのやら。彼女はベッドの上に座り込んだまま、青峰の方へ身を乗り出した。

「リコさん!!」

桃井は頬を上気させながらその名を口にした。自分たちとは一つ年の離れた、面倒見のいい他校の先輩。先輩なのに小柄なところだとか、たまに見せる子供っぽい一面が年の差を感じさせないのだが、試合のときに見せる凛々しい姿には見惚れてしまうものがある。そんなギャップがリコの魅力の一つでもあった。
桃井は枕を抱きかかえて、にこにこと嬉しそうに笑う。

「そうだよね!もしリコさんが青峰くんの家に来たときに私がいたらややこしいことになっちゃうもんね!大丈夫、リコさんが来るときは私はここには来ないから!」

それでいい加減告白はしたの?とからかうような笑みで桃井は尋ねた。青峰はため息をつく。

「……ねーよ」
「ええっ!?まだなの!?青峰くんのヘタレー」
「うるせー」
「端から見たら相思相愛だよ?いいの?早くしないとリコさんどっか行っちゃうんだからね!」

念を押すように助言してくれるのは有難いものではあるが、その手の話は今の青峰には禁句であったようだ。
この間の電話の件以来、青峰とリコの間には不穏な空気が漂っていた。そのため、以前のように気軽に連絡を取り合うことができずにいたのだ。
携帯電話の画面にリコのアドレスを映し出すけれど、彼の手が動くことはない。動かそうとするたびに、あのときの彼女の言葉を思い出して手が止まってしまうのだ。
桃井に悟られずにもう一度ため息をつく。彼女は表情を曇らせて青峰を見やった。

「一年生からの片想いなのに……後悔しちゃうよ?」

しつこい、と言いかけた口を閉ざした。ようやく気が付く。自分を心配そうに見つめる桃井のいつもと違う雰囲気。強いて言うのなら、穏やかではない、不安げな表情。
疑問に満ちた目でその先を促す。桃井は彼の意図に気が付き、おもむろに口を開いた。


「――リコさん。地方の大学に行くんでしょ?」


もしかして知らなかった?と問う桃井の声が、部屋の中に響き渡った。
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