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□ねえ、こっち向いてよ
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彼女の右側に立てば、彼女は左に目を向ける。
彼女の左側に立てば、彼女は右に目を向ける。
いつになっても交わらない目と目。
いつになっても、君には届かない。
「ゆまっちー!」
人が多い池袋という街で、彼女の明るくて柔らかな声は雑踏さえも突き抜けていくかのような、そんな気がする。
目を向ければ、見慣れた同窓生と、仲の良さそうな男女がいた。
黒服の女は男の腕に抱きつくような仕草をしている。周りはこれを当たり前のように受け入れているようで、特に驚く様子は見せていなかった。
……実に面白くない光景だ。
俺は彼らから視線を逸らし、再び歩き出す。
彼らから遠く離れたというのに、俺の目には黒服の女が楽しそうに男の腕に抱きつく様子だけが焼きつけられていた。
――ああ、俺はいつからこんなにも弱くなってしまったのだろうか。
俺は人間が好きだ。全人類ラブ。
人間には平等の愛を、人間には絶え間ない愛を。
――それなのに。
「……どーして特別になっちゃったんだろうねえ」
ぼそりと呟いた言葉は行き交う人混みに溶け込んでは消えていく。
そんな人混みから抜け出すように、人の流れに沿って歩き、ようやく人混みから離れた場所へ辿り着いた。
アスファルトの地面に着地をすれば、軽やかな靴の音が鳴り響く。
ふうと一息をついて顔を上げた直後、視界に黒い影が横切っていくのを目にした。
その影の全体像が目に映った瞬間、思わず目を丸くさせてしまう。
「――あれ?」
驚きのあまり声が出ない俺の様子に気付くことなく、突如目の前に現れた彼女は足を止めて俺を見やった。
「イザイザじゃん!何してんの、こんなところで」
……いやいや、そういう君こそ、さっきまでドタチンたちと一緒にいなかったっけ?
疑問を口にしようとしたが、そうだ!と名案が浮かんだと言わんばかりに表情を明るくさせる彼女に返す言葉を失ってしまう。
ていうか、この人絶対質問の返事聞く気ないでしょ。
「イザイザ、いま暇でしょ?ちょっと付き合って!!」
そして、俺の権限さえもないらしい。
「え、ちょ、狩沢!?」
俺の腕をぐいぐい引っ張って歩き出す彼女の後ろ姿に、らしくもなく戸惑いながら声をかける。
振り返った狩沢は、ぱっと花が咲いたように笑顔を浮かべた。
不覚にも、その笑顔にときめいてしまった俺は。
「一緒に乙女ロード行こっ!!!!」
――さっきのときめきを返せと声を大にして言いたいと思う。
「いやあ、いい買い物をしちゃったわ!」
「……それはよかった」
散々なほど彼女の買い物に付き合わされた俺は(その買い物が普通の買い物だったらどれほどよかったか)、道端の柵に寄りかかりながら、げっそりとした顔で答える。
非常に疲れた。精神的に。
「はいっ、付き合ってくれたお礼!」
そう言って、隣にいる彼女から差し出されたのは、一つの缶。甘そうなココアである。
「どーも」
受け取ると、ココアの温かさが伝わってきた。
えへへ、と彼女は笑いながら、自分の手元にあるココアに口をつけた。
缶を両手で包み込んで暖をとりながら、俺は彼女の足元に置かれた紙袋たちをなんとなく眺める。
「……いつも一人でこういう店来てるの?」
「ん?ああ、乙女ロード?一人のときもあるし、女友達と来るときもあるよー」
「遊馬崎は?」
俺の問いかけに、彼女の動きが止まった。そのことに俺が気付かないわけがなく。
横目で彼女を見やりながら、もう一度尋ねた。
「遊馬崎は連れてこないの?」
「何言ってんのよ、イザイザ!ここは乙女ロードよ?男の子は連れてこないの!」
「一応、俺は男ですけど?」
一応、っていうか確実に男なんだが。
俺の言葉に、狩沢はうっと狼狽える。どうやら、墓穴を掘ってしまったようだ。