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□ねえ、こっち向いてよ
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「実は、さ」

妙に歯切れの悪い言い方で、彼女は話し出した。

「さっきまでゆまっちたちと一緒にいたんだけど、その、喧嘩しちゃって……すごい腹立っちゃってさ、ストレス発散に買い物しようと思ってたときに、」
「俺に会って、道連れにしたと?」
「……ごめん」
「べっつにー」

珍しいね、二人が喧嘩なんて、と口にしてから、あっしまったと後悔する。
案の定、彼女は興奮気味に身を乗り出し、堰を切ったように話し始めてしまった。

「喧嘩なんてしょっちゅうだよ!!聞いてよ、イザイザー!ゆまっちね、猫系女子よりもうさぎ系女子が萌えるって言ったんだよ!?信じられない!確かにうさぎ系女子も可愛いけどさ、猫系女子の人気があるからこそあの素晴らしい猫耳というものが生まれたっていうのに、ゆまっちは猫耳の有難味というものを全然わかってないっ!猫耳メイドさん萌えーってこの間まで言ってたくせに!!」

……え、なに、喧嘩の原因これ?
まあ、二人らしいといえばらしいけど。

「しかもゆまっちってね、人の物をすぐ食べちゃうんだよ!?昨日なんて、私が最後に食べようと思って大事に残してたイチゴを勝手に食べちゃうし!私が買ってきたジュースもすぐ飲んじゃうし!!」

ふうん、と適当にあしらっても彼女はまだまだ止まらない。話を聞いてもらいたい、というより、ただ愚痴をこぼしたいだけのようだ。
狩沢と遊馬崎が類を見ない腐女子とオタクというのはすでに知っていることである。
しかし、厄介なのは、本人たちは無意識にリア充をしているというところだ。
二人が付き合っているのか付き合っていないのかは定かではないが、常に行動を共にしていることから、二人の本性を知らない人から見れば、二人は仲の良いカップルだと認識されるに違いない。
それは俺にとって、非常につまらない話である。

「……狩沢ってさあ、遊馬崎依存症?」

苛立ち混じりのため息をつきながら、狩沢を見つめる。彼女は一瞬、面食らった表情を浮かべたものの、すぐさま吹き出した。

「あははっ!なにそれー」

どこか楽しそうに笑う彼女。
そんな彼女に苛立ちは募っていくばかり。どうせ、彼女は俺の苛立ちの正体に気付くことはないのだろうけど。

「あのさ、」

思い切って声をかけてみた。
が、運悪く、声と重なるように彼女の小さなカバンから携帯の着信音らしきものが流れてきた。
電話の相手の名前を見た瞬間、彼女の瞳が微かに明るくなったのがわかった。その変化に胸が締めつけられるように痛む。。
彼女の様子を見れば、電話の相手なんてすぐわかってしまう。
俺には作り出せない。彼女の、あんな表情。

「……もしもし?」

電話に出てしまった彼女から視線を逸らすように空を仰ぐ。
聞きたくもないのに、彼女の声が耳に届いた。
喧嘩後の仲直りの電話、だろうか。少し不満気な彼女の声色だったけれど、内心喜んでいるに違いない。
その横顔は、いつになく幸せそうに笑っていたから。

「……うん。わかった、じゃあまた」

そう言い終えてから、彼女は電話を切る。
遊馬崎?と聞けば、うん、と彼女が答えた。
よいしょ、と立ち上がった彼女は地面に置いていた紙袋を手で持つと、満面な笑顔で俺を振り返った。

「ゆまっちが喧嘩の仲直りにご飯食べにいこうだって!イザイザ、愚痴聞いてくれてありがとね!一緒に買い物できて楽しかったよ!」

それじゃあ、と嬉しそうに駆け出そうとする彼女。
そんな彼女の腕を掴んだのは、他でもない、俺の手だった。

「……イザイザ?」

なんだか、今日は俺らしくもない出来事の連続だ。
でも、まあ、たまにはいいんじゃないかと思ったり。

「狩沢って、ずいぶん勝手な人なんだね。買い物に付き合ってあげたんだから、今度は俺の言うことも聞いてくれない?」

君を見す見す他の男の元へ向かわせるのは気が引けるし。

「ご飯、俺と一緒に食べにいこうよ」

にっこり笑って、狩沢の腕を自分の元へ引き寄せた。

「パフェでもいいよ。イチゴの乗ったパフェ、俺の分のイチゴも狩沢にあげるから」

そう言えば、ようやく彼女が口を開く。
思えば、こんな近くで彼女を見つめるのは初めてかもしれない。
白い肌に、うっすらと赤く染まる頬。

「……イザイザ、それ、何の冗談?」
「うーん、冗談っていうか、強いて言うなら告白なんだけど」

うっすらと赤く染まっていた彼女の頬が面白いほどにはっきりと紅潮していくその様子は、絶対に遊馬崎には見せたくないね、本当。


いつになっても交わらない目と目があるのなら、俺が交わるようにすればいいだけの簡単なお話だったんだ。

ねえ、こっち向いてよ。俺の好きな人。


遊馬崎ばっかじゃなくて、俺のことにも気が付いて。





end
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