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□砂糖をお一ついかが?
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至上最高の笑み、というのはこういうことを言うのだろうか。

「幸せだなあー、幸せだなあー」

頬杖をついてニタニタと笑う狩沢。

「……シズちゃん。俺、今なら狩沢の気持ちが痛すぎるほどに分かる気がする」
「……奇遇だな。今ならお前と語り合える気がする。絶対しないけどな」

向かい合う臨也と静雄。

「キャアアア!なに二人でこそこそお喋りしてるの!?愛を語っているのかな!?私、邪魔!?邪魔なのかなあ!?」
「「――とりあえず、狩沢黙って」」




砂糖をお一ついかが?




とある喫茶店のテラス席には、二十四時間戦争という異名を持つ、折原臨也と平和島静雄が同じ席に、しかも向かい合って座っていた。
池袋の名物にもなっているこの二人の喧嘩を簡単に説明するなら、まさしくDead or Alive。
普通の人間が、(もはや二人の間に入れる人間など滅多にいないが)二人の喧嘩に割り込もうものなら、確実にDeadが待っている。確実なる死。
そのため、普通の池袋の人間は二人に近寄ることはない。そう、普通の人間ならば。
――――だからだろうか。
通行人が、テラス席にいる二人に戸惑いと好奇の目を向けてしまうのは。
二人は顔を合わせるだけで人間離れした喧嘩を始めてしまうほど仲が悪いのだ。それだというのに、向かい合いながらもおとなしく座っているだなんて。
辺りに漂う殺伐とした空気には敢えて触れないでおこう。

「でもさー、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃん?実際、二人って仲良いんでしょ?」

場にそぐわない、あっけらかんとした声が響き渡った。
彼らに好奇の目を向けていた人々がぎょっとしてしまう発言である。
怒りの沸点が低い静雄のことだ。仲良くねえよ!!と怒鳴り声を上げ、手近にあるイスやらテーブルやらを振り回して暴れだす、という結末を誰もが想像し、恐怖を抱く。
ところが、そんな不安を余所に、静雄は怒り狂うわけでもなく、彼の隣に座る黒服の女性の頬を軽く引っ張るのだった。

「変なこと言うんじゃねぇ。俺がこいつと仲が良かったことなんて一度もねーよ」
「そうだよー狩沢」

そう言って、今度は女性の右隣にいる臨也が彼女の方へ身を乗り出した。

「俺はシズちゃんと仲良くする時間を作るくらいなら、狩沢との距離を縮める時間を作りたいね」

臨也と静雄がいつものような凄まじい喧嘩を繰り出さない理由――それこそ、彼らの間にいる黒服の女性、狩沢絵理華にあった。
狩沢は超がつく程のオタクであり、BLをこよなく愛する腐女子である。
臨也と静雄の人間離れした力に比べれば、なんてことのない普通の人間。女性。
そんな彼女に、臨也と静雄は淡い恋心を抱いていた。
それが、二人が同じ空間にいてもおとなしくしている理由だった。狩沢とこうして一緒に話をするためなら、相手を殺したい衝動さえも抑えることができる。イッツァ愛の力。
そんな事情を知らない周囲の人間は、まさか、二十四時間戦争コンビは恋のライバルか!?というフラグを予感させつつ、三人にさらに好奇の眼差しを向けてしまう。
周りの視線に気付いているのか気付いていないのか、狩沢は不満そうに皿に乗ったポテトを一つつまみ上げ、目の前でゆらゆらと揺らす。

「嘘だー。だって、この後二人で逢引きするんでしょ?」
「「誰がいつそんなことを言った」」

狩沢は二人の反論など耳に入れず、私知ってるんだからね、という顔つきで手にしたポテトを口の中へ放り込む。

「あのさ、狩沢。どうやったら俺とシズちゃんがラブラブしてるように見えるわけ?どこからどう見たって、」


――俺は狩沢のことが好きなのに。


とは言えず。代わりにため息を吐き出した。
肩を落とす臨也など気にせず、静雄は狩沢、と彼女の名を呼ぶ。
振り返った彼女に差し出したものは長細い封筒。

「なになに〜?」

狩沢は封筒を受け取ると、中身を取り出した。そして、歓声に満ちた声を上げる。

「こ、これ!羽島幽平主演の映画のチケットだよ、シズちゃん!人気がありすぎて手に入るのが困難な代物なのに、どうやって手に入れたの!?」
「あー狩沢が見たいって言ってるの聞いたから、幽に頼んだらタダでくれた」
「すごーい!まさに兄弟愛だね!」
「狩沢にやるよ」
「えっ、本当!?」

目をきらきらと輝かせたまま、狩沢が顔を上げる。
彼女の眩しい笑顔に、静雄は思わず口元を緩ませた。
「……二枚あるから、一緒に見に行くか?」
「うんっ!行く!!シズちゃんありがとー!大好きっ!!」

狩沢は両手を広げ、煙草を吸っている静雄に抱きついた。危ねぇ、と言いながらも、彼はその後ろにいる臨也に目を向ける。
頬を膨らまし、不機嫌そうに自分を見つめる臨也に、静雄は狩沢に悟られないように鼻で笑ってみせた。
カチンときた臨也は頬を引きつらせる。

「そんなにくっついてると静雄菌にやられて馬鹿がうつるよ」

臨也は嫌味を込めた言葉を吐き捨て、いまだ静雄に抱きついている狩沢の服の襟首を掴んで自分の方へ引き寄せた。
元の位置に戻らされた狩沢はきょとんとした顔で臨也を振り返る。

「イザイザ?」
「狩沢さん、今度俺と一緒にデートしない?」

改まった口調で、にこりと笑みを浮かべる臨也。
静雄が彼女を遠回しにデートを誘うなら、こっちは直球勝負である。

「イザイザとデート〜?」

狩沢はもう一つポテトを口に運ぶ。

「美味しいご飯でも食べに行こうよ。俺、美味しいお店たくさん知ってるから」
「本当!?」

ぱっと顔を輝かせた狩沢に、よしっと心の中でガッツポーズをする。

「本当本当。俺が奢るからさ」

静雄に勝ち誇った笑みを見せつけながら狩沢の肩に手を置こうとする。が、あーでもなあ、と彼女の渋る声にその手が止まった。

「なーんかイザイザってすぐ路地裏に入りそうな気がするからちょっとやだなー」

ぶはっ、と静雄が吹き出す。
必死に笑いを堪えようと、臨也と狩沢から顔を逸らす静雄。だが、その肩はふるふると震えていた。
臨也は笑みを貼りつけたまま、静雄の反応に対し怒りで手を震わす。

「でも、美味しい物食べたいし、デートしよっか!」

ケロケロと笑う狩沢は、自分の発言の所為で臨也が憤慨していることなど知りもしないのだろう。
臨也は肩に置きかけた手で彼女の腕を掴む。
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