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□砂糖をお一ついかが?
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狩沢が何かを言う前に、力任せに腕を引っ張った。
うおっ、と女の子らしくもない声を上げながら、狩沢は臨也の上へと覆いかぶさるように倒れこんだ。

「ちょっ、イザイザ、」
「――ねぇ、狩沢」

彼女の耳元に口を寄せ、いつもよりも低い声で彼女に囁いた。
息が耳元に当たると、狩沢はびくりと体を震わす。

「ちょっ――、」
「俺、狩沢なら路地裏に連れ込んでもいいよ?」

狩沢の頬が一気に赤く染められていく。
臨也は硬直してしまった彼女をイスに座らせると、不敵な笑みを浮かべてみせた。

「……なんてね」

耳を押さえ、口をぱくぱくさせている狩沢の後ろで、ダンッとテーブルに両手をを叩きつけながら静雄が立ち上がる。

「てんめぇ臨也!!狩沢に何しやがるんだよっ!!」
「えー?べっつにー?」

ふざけんなっ、と静雄が声を荒げ、自分が座っていたイスに手をかける。
彼らから少し離れた場所に座っている人も、通行人も、店内から事の成り行きを見守っていた店員も、これはまずいと直感した。
店長は店が破壊される、と顔を青ざめているところだろうか。

「……ていうか」

張り詰めた空気の中に響く狩沢の声。
誰もが彼女に目を向けた。
彼女はすでに落ち着きを取り戻していて、今にも乱闘を始めそうな静雄と臨也を交互に見やる。


「イザイザ、嫉妬してたの?」
「……は?」
「だから、嫉妬」
「は、誰に?」
「私」

唐突な問いかけに、臨也は疑問符を頭に浮かべる。
すると、狩沢は頬を赤らめ、楽しそうに笑いだした。

「私がシズちゃんにデート誘われたからって嫉妬してるんでしょー!?もー、そんなにシズちゃんとデートしたいなら、これ二人で見てきなよ!そっちの方が絵的に美味しいし!」
「「だからなんでそーなるんだよ!!」」

重なる二人の反論は、またしても彼女の耳には届かない。
映画のチケットが入った封筒をひらひらと揺らしながら、狩沢はふふふと笑う。いや、腐腐腐と言った方が適切か。

「あ、あのー……」

そこへ、頭上から弱々しい声が降り注いできた。顔を上げると、三つのカップをトレーに乗せた、可愛らしい女性店員が立っていることに気が付く。

「コ、コーヒーお待たせしました……」

手早くコーヒーの入ったカップをテーブルに置いた女性店員は、逃げるようにその場を去っていく。
訪れる沈黙。
あらゆる出来事が重なったことで、静雄の怒りは行き場をなくし、盛大なため息をつきながらもおとなしく席に座った。
どうやら、一大事は免れたようだ。

「……狩沢の鈍感」
「え、何か言った?」

臨也の呟きに狩沢が振り返る。彼はやれやれと言いたげに肩を竦めてみせた。

「でも、そこがまた可愛いからいいんだけどね」
「おい、てめぇ、さりげなく何言ってんだよ」
「えー?」
「とぼけんな」

自分の両隣から声が飛び交う。狩沢は頬杖をつきながら二人を交互に見やった。

「……なーんかさ」

ぽつりと呟く狩沢に、動きを止める臨也と静雄。

「イザイザとシズちゃんってコーヒーとミルクみたいだよねー」
「「はあ?」」
「ちょっと苦めなイザイザっていうコーヒーと、その苦味を和らげてくれるシズちゃんっていうミルク……互いに混ざり合って一つになれるなんて、ああ!ごめん、ちょっとだけ!ちょっとだけ二人が一つになるとこ妄想してもいい!?」
「「断固拒否!!」」

さすがにこの反論にはえー、と残念そうな声を漏らす狩沢。

「残念そうな顔やめてくれない?あのね、狩沢でもそろそろ怒るよ?」
「だいたい、なんで俺がこいつと和らがなきゃいけないんだよ」
「ごめん……シズちゃんはミルクがよかった?」
「そーいう意味でもねぇ!!」

ギャーギャーと言い合いを始めてしまった静雄と狩沢を見つめ、臨也は深く息をつく。

(……それにしても、あんなに怒っても暴れないシズちゃんも珍しいなあ。単細胞のくせに)

ぼんやりとそんなことを思いながら、ケラケラと可笑しそうに笑う愛しい彼女に目を向けてみる。


(――まあ、これもきっと狩沢のおかげなんだろうけど)


コーヒーにミルクを入れただけじゃ物足りない。
それなら、砂糖を入れてみようか。
どんなにアンバランスなコーヒーとミルクだって、砂糖がきっと優しく包み込んでくれるはず。
臨也は人知れず笑みを溢し、手元のコーヒーへと視線を向ける。
ミルクを注いだコーヒーの中に、砂糖が一つ、ぽちゃんと音を立てて溶け込んでいった。




(僕らをコーヒーとミルクに例えるなら)


(君はきっと、甘い砂糖なんだ)





end
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