Kurobasu

□策士は笑う。
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桐皇学園、と大きく刻まれた石碑の横に佇むのは、桐皇の生徒ではない女子生徒であった。
セーラー服にセーターを着ただけの女子生徒、相田リコは浮かない顔をしていた。
誠凛の生徒であるリコが何故、他校である桐皇に来ているのかといえば、それは数日前に遡ることになる。

「……は?桐皇の集まりに私が?」
『来て下さいよリコさーん。みんな歓迎しますから!』

それは、桐皇のバスケ部マネージャー、桃井からの一通の電話から始まった。
なんでも、近々桐皇バスケ部のメンバーで女子会ならぬ部内会をやるらしい。それにリコが誘われたというわけだ。

「ちょっと待って。なんで私?そういうのって桐皇の部員水入らずで楽しむものなんじゃないの?」
『みんながリコさんを誘おうって言ってるんですよ!私、リコさんに会いたいです!桜井くんの手作りケーキでおもてなししますから、絶対!ぜーったい来て下さいね!』
「あ、ちょ、桃井!?」


――こうして、今に至るわけなのだが。
実際、桃井に誘われたときは嬉しかった。桐皇の部員たちに少なからず好意を持たれていることも素直に嬉しいと思った。
正直に言うのなら、昨日の夜は今日のことが楽しみすぎてあまり眠れなかったというのも事実である。
それだというのに、桐皇の前にやってきたリコが浮かない顔をしているのは何故だろうか。

「あ、リコさーん!!」

学校の敷地内から、桃色の髪を揺らしながら可愛らしい女子生徒がリコに向かって駆けてくる。
桃井はリコの前にやってくると、きゃぴきゃぴと笑顔を振りまいてリコに抱きつく。

「来てくれて本当に嬉しいですぅー!」

すっごく会いたかったです、今日も相変わらず可愛いですね、と一方的に話しかける桃井だったが、抱きついても、口説いても、何の反応を示さないリコにようやく疑問を持ち始めた。いつもなら、いい加減にせんかーい!という怒声が響くというのに。

「リコさん……どうかしましたか?」

リコの首元から離れ、彼女の顔を覗き込んだ桃井は目を見開いた。
リコはおもむろに口を開く。

「……あのね、桃井」





「――桜井、これ全部一人で作ったのか?」

部室に運び込んだテーブルの上に並んだ、三種類のホールケーキをまじまじと見つめていた若松が、皿やフォークなどのセッティングをしている桜井に顔を向けた。
王道の苺と生クリームたっぷりのケーキ、チョコをふんだんに使ったチョコレートケーキ、そして、色とりどりのフルーツが乗ったさっぱり系のフルーツタルト。

「……お前、将来パティシエにでもなるのか?」
「えっ!?ち、違いますっスイマセン!!」
「いや、怒ってねーし。むしろ褒めてんだけど」
「あの、はい!スイマセン!」
「……にしても、これ作るのに相当時間かかったんじゃねーの?」
「い、いえ……スポンジは昨日のうちに作ってましたし、あとは調理室を借りて仕上げをするだけでしたので……」
「へえー」
「おい、良。俺はチーズケーキが食いたかったんだけど」
「ス、スイマセン、青峰サン!」
「てめぇ青峰!!桜井がせっかく作ってくれた傍から何言ってんだよお!!」
「あー?アンタには関係ねーし」
「んだとこらあ!!」
「なーにしとんねん自分ら。相田さんがそろそろ来るっちゅーのに……あ、そや。誰か諏佐を見いひんかったか?」
「諏佐先輩ならさっき体育館に忘れ物をしたって……」

桜井が言い終わる前に、ダンダンダンと地を踏み轟かすような足音が部室に近付いてきた。部室内にいる誰もがドアの方へ目を向ける。
間髪入れずに、勢いよくドアが開かれた。

「大変大変大変大変ですー!!」

飛び込んできた桃井の動揺っぷりに目が点になる一同。

「リリリリリコさんがっ!!」

たまたま桃井の傍にいた今吉は、リコという名前にいち早く反応した。

「相田さんがどないした!?」

桃井はふるふると肩を震わす。

「リコさんがっ…………超絶可愛くて私はもう逝ける……!!」
「ももーーい!?」
「登場して数分で気絶!?」

倒れた桃井を今吉が支えていると、部室にふらりと人影が現れる。
目を向ければ、そこにはリコが立っていた。

「あ、相田……?」

恐る恐る若松が声をかける。ぱっと見、特に変わったところはなかった。ただ単に、久しぶりに会ったリコに桃井が興奮しただけなのだろうか。
そんなことを考えながら、若松はリコを見下ろす。
そして、気付いた。
リコは、頬を上気させ、口元を片手で覆っているのだ。なんだ?と思って眺めていれば、ふいにリコが顔を上げる。
自然となってしまう、上目遣い。涙が溜まっているのか、リコの丸い瞳は儚げに潤んでいた。

「……若松さん」

艶のある彼女の口調に、若松の体中すべての熱が一気に顔へと上昇する。

「……私、今朝からしゃっくりが止まらにゃいんで……ヒック」
「ギャー!!若松センパーイ!?」
「あかん、若松が天に召された」

若松が無残にも横たわる中、青峰がリコの元へ近寄る。

「なんだよ、リコ。しゃっくりが止まらねーの?」
「うっうん……今朝からずっとヒック!……こんな調子で……」

もごもごと口籠もるリコの姿に、青峰はにやりと口角を上げた。

「何その顔。めっちゃそそられるんだけど」
「なっ……!ふざけないで青みにぇっ」

リコは慌てて両手で口元を押さえる。どうやら、しゃっくりはまだ止まっていなかったらしい。
青峰は、うー、と困り果てて唸り続けるリコを見た。
リコ自身にそんなつもりはないにせよ、涙ぐんで頬を赤らめ、さらに上目遣いをされたのなら、冷静を保てる方がおかしいだろう。
青峰はリコの肩に手を置いた。

「お持ち帰り決定」
「「それはダメ!!」」

反論したのは、今まで倒れていた桃井と若松だ。リコの危機に本能が作動したようである。

「まあまあ……それよか、相田さん大丈夫か?」
「さすがに……キツいです」

今吉に顔を覗き込まれたリコは苦笑いを浮かべる。が、言い終えた直後にまたしてもしゃっくりが出てしまう。ぴくん、と華奢な体が揺れた。
今吉は真面目な顔つきで振り返る。

「誰かビデオカメラ持ってへんの?」
「ダメだ、この人も」


しばらく様子を見ていても、リコのしゃっくりは全く止まる気配がなかった。
リコからは疲れが見えはじめ、さすがの桐皇メンバーも不安が募っていく。

「リコさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……ひっく」

しゃっくりが出るたび、リコは困ったかのような笑顔をみんなに向ける。

(……リコさんには悪いけど)
(しゃっくりに悶える姿)
(……可愛い、です)
(たまらんのう)

そのとき、ダンッとテーブルを叩きつける大きな音が響き渡った。
驚いて目を向ければ、テーブルに手をついて立ち上がった青峰の姿を捉えた。

「……お前らいい加減にしろ」
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