Kurobasu

□策士は笑う。
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青峰が拳を握る。その拳が、怒りで震えていることに気が付いた。

「あ、青峰……?」
「お前ら、しゃっくりを馬鹿にしすぎなんだよ」

青峰はキッとした鋭い眼光で桐皇メンバーを睨みつける。

「しゃっくりはな……百回続くと死んじまうんだよ!!」

(ええっー!?)
(青峰サン……)
(アホ峰健在やな)
(やだ、幼なじみとして恥ずかしい)

心の中でそれぞれが呟く中、馬っ鹿じゃないの、と本心をはっきり口にしたのはリコだった。

「そんなの迷信に決まって……ひっく」

周りの視線がリコに向かう。リコは一斉に視線を向けられ、うっと狼狽える。

「や、あの……迷信、ですよね?……ひっく」

相槌を求めるリコから誰もが視線を逸らした。
リコは胸元で手を握りしめる。その表情は不安と焦りが入り混じっていた。
目に涙を溜め、おろおろし出すリコの様子を、誰もが横目で見やる。

(ごめんなさい、リコさん)
(スイマセン、嘘ついてスイマセン!)
(しゃっくりに翻弄される相田……)
(たまらん!!)

顔を赤らめて視線を逸らす者、今にも飛びかかってしまいそうな者と、彼らの反応は様々だ。
後者である今吉は、今すぐリコを抱きしめたい衝動に駆られるも、まだあかん、と自分自身に言い聞かせポーカーフェイスを装いながらリコに近付いた。

「ひとまず落ち着こか。桜井、コップに水入れて持ってきてくれへん?」
「はっ、はい!」

不安そうに自分を見上げるリコに、今吉は優しく笑いかけ、彼女の頭を撫でた。

「ほら、よく言うやろ?しゃっくりのときは水を一気飲みしろって」

桜井が持ってきたコップを受け取り、リコは緊張した面持ちでコップを見つめる。
みんなが見守る中、リコは意を決して、ぐいっと水を仰いだ。
苦しそうに水を飲んでいくリコの表情に青峰はため息をつく。

「……うわー犯してぇ」

すぐさま桃井がバシン、と容赦のない蹴りを食らわせたが。
水を飲み終えたリコが顔を上げる。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……ひっく」
「……あかん、手強い」

はあ、と一同がため息をつくと、そういえば、と若松が何かを思い出す。

「ナスを思い浮かべるといい、って聞いたことがあったような……」
「ナス?」
「何故ナス?」
「いや、俺も知らないっす」

リコは顎に手を添え、考え込む仕草をした。

(……ヤリてぇ)
(写真とって引き伸ばして壁紙にしてもええんか?)
(お巡りさん、この人たちです)

よからぬことを考えている青峰と今吉を察した桃井が、シャーッと牙を剥く。
んだよ、と青峰は軽く舌打ちをし、冗談冗談、と今吉はわざとらしく笑った。

「……どうだ?相田」
「……あ」
「おっ!」
「止まっひゃっ!」

ううー、と口元を押さえるリコ。

「……らめれした」

羅列が上手く回らないまま、涙目で若松を見上げる。

「ギャー!!若松センパーイ!?」
「あかん、またしても若松が召されよった」
「ダメだな、この人」

しっかりしてくださーい、と倒れた若松の傍にしゃがみ込んで、彼の頬をぺしぺし叩く桃井と青峰。

「……桜井くん」

事態を唖然とした様子で見ていた桜井は、突然リコに呼ばれ、びくっと肩を揺らした。

「は、は、はいっ!?」

リコを見やり、さらにギョッとしてしまう。
リコはしゃっくりが辛く涙ぐんでいたのかと思っていたが、今は明らかに悲しみに暮れて泣きそうな表情へと化していたのだ。

「あ、相田サン……?」
「せっかく、ケーキ作ってくれたのに……皆さん、せっかく呼んでくれたのに、私っ……死んじゃうかもしれないなんて……!」
「い、いやそんなしゃっくりで……(やばい、相田サン、しゃっくりのせいで思考回路がおかしくなってる……!)」

リコは自分の両手を握りしめ、桜井を見上げる。
ぽたり、とリコの頬に涙が零れ落ちた。

「ごめんね、桜井くん……私、昨日からすごく楽しみにしてたのに……」

ひっく、としゃっくりをするリコに、桜井の胸がきゅんとすると同時に彼の目にもじわりと涙が滲みだす。
桜井はがしりとリコの両手を掴んだ。

「な、泣かないでください相田サン!ボクも一緒に逝きますから!!」
「あかん、逝ったらあかん!」

ひっくひっく、とリコは相変わらずしゃっくりを上げている。辛そうに息をするリコの姿に、見ている側まで胸が痛くなった。
桜井は少し考え、リコの手をそっと離す。

「わっ!!」

突然、桜井がリコに向かって大きな声を発した。びくりと肩を震わすリコ。

「……桜井くん?」
「……や、あの、びっくりしたら止まるかと……」
「……」
「……」
「……ありが、ひっく」
「うわわっスイマセンスイマセン!!」

(……なんや、あれ)
(天使がいる、天使が二人いらっしゃる!!)

恍惚とした瞳で微笑ましい光景を眺めていた今吉と桃井の隣で、そっか、と青峰がぽんっと手を打つ。どうやら、何かを思いついたようだ。

「驚かせればいいのか」

納得したような青峰の口振りに、えっと桃井が振り返る。青峰は横目で桃井を見ると、にやりと笑ってみせた。

「……襲えばしゃっくりなんて忘れんだろ?」

――それ、リコさんびっくりするどころじゃないでしょ!?
舌舐りをする幼なじみを、桃井は彼の腕に飛びついて引き止める。

「ダメよ、青峰くん!」
「ああ?なんでだよ」
「襲うのは私の役目だから!」
「なおさら引き止めんじゃねー!」

熾烈な口喧嘩を始める青峰と桃井。今吉はそのときを待っていたのか、軽やかな足取りでリコに近付くと、桜井がいるのにも拘わらず、彼女の肩に手を回し、優しく抱き寄せた。

「ほな、相田さん。ワシと愛でも育んでしゃっくりなんて忘れよか」
「「おいこら、今吉!!」」

抜け駆けは許さねー!と今吉に飛び蹴りを食らわす青峰。何すんねん!と起き上がった今吉は、自分ら主将にどういう口の利き方してんねん!と続け様に怒りを顕にする。

「今吉先輩がいけないんです!リコさんを独り占めしようとするから!」
「あ、あの……皆さん落ち着いて……」
「桜井くんは黙ってて!!」

桃井に一喝された桜井はスイマセンスイマセンと何度も頭を下げた。とんだとばっちりである。
もはや乱闘状態になってしまった状況に、リコは一人しゃっくりと闘いながらも事の様子を眺めていた。しかし、収拾のつかない事態にため息をつき、そっとその場を離れることにした。
部室のドアを閉めても、リコがいなくなったことに気付く者はいない。騒がしい声はドアや壁をすり抜けて外まで響いている。
はあ、とため息をつくと、しゃっくりが一つ出た。ああもう、と頭を垂れさせたとき。

「……あれ、相田さん?」
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