Kurobasu

□好きだなんて言ってあげない
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「……中学のときから、相田のことが好きだった」

彼の口から紡がれた相田という言葉を、最後に聞いたのはいつだろう。

「付き合ってほしい」

高校一年もあと少しというとき。
いろんな意味で私に早めの春が訪れた。

「私は――――」

あの日、私が口にした言葉は、一体何だったっけ。






「伊月伊月!お前、今日もまた女子に告白されてたっしょ!?」

体育館に響き渡る小金井の声に、片付けをしていた部員の視線が一斉に伊月へと集中した。

「……え、なんで知ってんの?」

少しだけ不機嫌そうに顔を歪めた伊月に対し、小金井は得意気に胸を張る。

「俺の情報網はすごいからね!あの子、二組の子でしょ?」

次々と言い当てられていく伊月は、告白されたことを自慢するわけではなく、心底困ったようにため息をついた。
仲間内の誰かが女子に告白されたという情報は、彼らにとってはとてつもない興味好奇心の対象となってしまうもので。

「まじっすか!?伊月先輩!」
「二組のどの子?」
「お前なんてなあ、ダジャレ好きってバレて振られてしまえダアホ!」
「日向、クラッチタイム入ってるぞ」

伊月は彼らに口々に質問攻めされ、すぐに取り囲まれてしまう。
そんな中、一人静かに帰りの身支度を整えているのは、リコだった。

「えーっ!二組の森さんって、めっちゃ可愛い子じゃねーか!」

日向の驚きに満ちた声に、リコはぴくりと肩を揺らす。
ちらり、と彼らの中心にいる伊月に目を向けてみれば、少々戸惑い気味の伊月の姿が目に入った。
だが、リコの目に浮かんだのは、別の光景である。
それは、今から一年前のちょうどこの時期。
リコは、伊月に告白された。
部活の帰り、たまたま昇降口で出会った際の出来事だった。
中学のときからずっと好きだった、と。付き合ってほしい、と。真剣な伊月のあの表情を、リコは一度も忘れたことはなかった。
あのとき、自分はどう答えたのか。不思議と、今ならはっきりと思い出すことができる。

――バスケ部を引退するまで待ってほしい。

リコは確かに、そう言った。返事に困ったからではない。むしろ、答えは決まっていた。それなのに。

――わかった。待ってる。

そう言った伊月は、少しだけ寂しそうに笑ってみせた。

ふいに、顔を上げた伊月と目が合う。現実に引き戻されたリコは、彼から慌てて目を逸らしてしまった。端から見れば、それは一種の拒絶とも捉えることができなくもない。
少なくとも、伊月の目にはそう映った。

「伊月って最近すごいモテてるよねー」
「ケッ、世の中顔か」
「日向、落ち着け」
「でも、いつも断ってるんですよね?」

こてん、と首を傾げながら伊月に問いかける黒子の言葉に、リコはほっと胸を撫で下ろしたことに気が付く。
慌てて頭を振り、床に並べたノートを鞄へと詰め込もうと手を伸ばしたときだった。

「――今回はまだ振ってないよ」

伊月の静かな声色に手が止まる。
リコのことなど見もせず、伊月は続けた。

「森さん可愛いし、今ちょっと考えてるんだ。恋愛に興味がないわけじゃないし」
「だーっ!!リア充死ねっ!!」
「だから日向落ち着いて!」

暴れる日向を土田が宥めるも、うるせー本当のリア充、と言われてしまう始末に、土田の隣にいた水戸部が困ったように笑った。
伊月の発言により、体育館内はさらに騒がしさに包まれる。

――伊月くんが、誰かと付き合うかもしれない、ってこと?

手を止めたままのリコは、頭を強く叩かれたような衝撃に体を動かせずにいた。

――そんなの。

ノートを鞄に突っ込む。そして、鞄を抱えると、その場から逃げるように駆け出した。
体育館の出入口で、話に加わらず真面目に片付けをしていた一年トリオとすれ違う。

「お疲れさまです、カントク」
「そんなに慌ててどーしたんですか?」
「教室に忘れ物しちゃったの。最悪よ」
「うわー、それは最悪ですね。教室に行ったら今日はそのまま帰りですか?」
「そう、ね。そうするわ。他のみんなに伝えといてもらえる?」

いつもなら部員たちと帰るのだが、今日は彼らと一緒に帰りたくなかった。特に、伊月とは。
一年トリオに手を振り、別れを告げると、リコはすぐさま走りだした。


教室に忘れ物をした、というのは取って付けた口実ではない。事実、弁当箱を教室に忘れたという失態があった。
誰もいない、薄暗い廊下にリコの足音だけが響いていく。
ぼんやりとした様子で歩き続けるリコの頭の中では、先ほどの伊月の言葉がぐるぐると回っていた。
リコは、伊月が好きだった。それは今も変わらない。一年のときに告白されたあの返事も、本当なら自分も伊月が好きだと言ってしまいたかった。
それができなかったのは、リコがバスケ部の監督で、伊月が部員、という間柄だったからだ。
女子高生がバスケ部の監督を務めるというのは稀なことであり、それゆえ周りの目がリコに向けられてしまうということはよくあることだった。
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