Kurobasu

□好きだなんて言ってあげない
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いつも気丈に振る舞うリコであっても、彼女に対する蔑んだ目から毎回毎回耐えれるほど、彼女は強くはない。
それだというのに、もし部員と付き合ったりでもしたらどうなってしまうだろうか。
ああやっぱり付き合ってるんだ、とか、男狙いだったんだ、とか、そんな冷たい言葉を吐き捨てられるに違いない。それどころか、自分と付き合うことになる伊月にも何か暴言を吐かれてしまうかもしれない。伊月なら笑って大丈夫だよ、と言ってくれるかもしれないが、彼に迷惑をかけるというのが、リコにとって一番心が痛むことであった。
だから、あのとき、あの日。伊月からの告白に素直に受け入れることができなかったのだ。
引退するまで待ってほしい。それが、リコの精一杯の返事だった。

――待ってる、って言ってくれたのに。

「……待ってる、って」

ぼそりと口に出した言葉は、静寂と暗闇に包まれる教室内に大きく反響した。

「――相田?」

はっとして顔を上げる。

「何してんの?つーか、遅くね?まだ学校にいるなんて」

教室の出入口に佇むのは、坊主頭が特徴的な男子生徒だった。
大きなエナメルバッグを肩に掛けた彼は、リコと同じクラスの山本である。山本は確か野球部だったな、と思いながら、リコは彼に笑いかけた。

「急に現れないでよ。驚いたじゃない」
「わりぃわりぃ」
「お弁当箱忘れちゃって取りにきたのよ」
「あー、さすがに一日置いとくわけにはいかないもんな」

山本は苦笑しながら、自分の席に行くと、机の中から何冊かの教科書とノートを取り出す。どうやら、彼も忘れ物を取りに来たようである。

「野球部も遅いのね」
「ん?ああ、今日は特別長かっただけだよ。冬場はあんまり出来ないから」

そうなんだ、と呟くと、山本は顔を上げ、リコを見やる。

「相田はバスケ部……だっけ?バスケ部は大変だよな。オールシーズン活動中で」
「そうね。でも、楽しいし、やりがいがあるから」
「っていう割に、なんか元気なくね?」

視線を足元に落としていたリコはえっ、と顔を上げる。いつの間にか、山本がすぐ傍に来ていた。

「……彼氏と喧嘩か?」
「は、はあ?何それ、彼氏なんていないし」

むっとした口調で答えると、山本はえっ!?と驚きの声を発した。その声に、今度はリコが驚いてしまう。

「えっ、え!?相田ってバスケ部の誰かと付き合ってんじゃないの!?」
「何その噂。付き合ってないわよ」

――好きな人なら、いるけど。

そう言いたくなった言葉をぐっと飲み込む。

(中学からの、片想いなんだよ)

「まじかよ……俺てっきり誰かと付き合ってるのかと」
「……まさか」

山本は口元を押さえ、目を左右に動かす。そんなに動揺することなのか?と不思議そうに彼を眺めていれば、彼は口元から手を離すと意を決したようにリコへ目を向けた。

「……じゃあさ」

そう言って、少し間をあける彼が次の言葉を紡ぎだすまで長く感じた。

「俺と付き合わない?」

リコは目を大きく見開かせ、目の前の山本を見上げた。

「俺、相田のことが好きなんだけど」





「――俺、相田のことが好きなんだけど」

教室から聞こえてきた突然の告白に、伊月の足がぴたりと止まった。
少し開いたドアの隙間から教室の中を覗いてみれば、暗闇の中で向かい合うリコと男の姿が目に入る。

「……へ?」

場に似合わない、すっとんきょうな声を上げたのは他の誰でもない、リコであった。

「わ、悪い!いきなりこんなこと言って!!」

暗闇だからわからないが、男のテンパり様から見て、おそらく顔を真っ赤にさせているのだろうと予想がつく。

「……私」
「す、好きな人とかいるの?」

一瞬、リコの動きが止まる。
伊月の声が、頭の中で響き渡った。

――まだ振ってないよ。
――森さん可愛いし。

「相田……?」
「好きな人なんて、いない」

はっきりとした口調だった。
教室の外にいる伊月がその場に立ち尽くす。

「……いない、から」
「そ、そっか」

そこで会話が途切れる。先に沈黙に耐えかねたのは、男の方だった。

「へへへ返事はいつでもいいから!きゅ、急に悪かったな!じゃあ!」

恥ずかしさからか、男は一気に捲し立てると、リコの返事も待たずに教室を飛び出していく。
教室を出た際、出入口付近に伊月がいたのだが、焦りとすぐに伊月に背を向けたのが重なり、男は伊月に気付くことなく、長く続く廊下の暗闇の中へと姿を消していった。
男の後ろ姿が見えなくなると、伊月は教室の廊下側の窓に寄りかかる。
リコが教室から出てきたのは、その後しばらくしてからだった。
教室から出てくるなり、深いため息をついたリコに、伊月は淡々とした口調で話しかける。

「好きな人がいないくせに、俺の告白の返事は引退後?」

リコはびくりと体を震わせ、横にいる伊月に顔を向けた。ようやく伊月がいることに気付いたのだろう、リコの口からどうして、という言葉が聞き取れた。

「カントクって相手を期待させるような素振りとかするんだね」
「そ、れは……!」
「……でも、それは期待してた俺が馬鹿だっただけの話なんだけど」

どん、とリコの肩を突き飛ばす。加減のない力で押され、リコの体は簡単に教室の中へと押し込まれてしまった。

「伊月く、」

ん、と言い終わる前に、伊月は教室の中へ入ると、後ろ手で静かにドアを閉めた。

「――先に言っとくけど」

暗闇の中、伊月の瞳が鋭く光る。

「優しくなんて、できないから」
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