Kurobasu

□白昼夢
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偶然と偶然が重なれば、それはもはや偶然ではない。必然だ。
最もらしいような、そうでもないような男の言葉に、リコはため息をつく。

「――つまり、私が偶然この公園にやってきて、さらに赤司くんが偶然この公園にやってきたことによって私たちが鉢合わせしてしまったのはすべて必然だった、って言いたいわけ?」

すらすらと一気に言い終えれば、赤司はほんの少し笑みを浮かべ、手にしていた紙コップをリコに差し出した。

「つまりそういうことです」

回りくどい言い方だわ、と思いながらも彼から差し出される紙コップを受け取る。
紙コップには温かいココアが甘い香りと湯気を漂わせていた。紙コップから伝わる温かさによって、凍えていた手はじんわりと感覚を取り戻していく。

「……ありがとう」
「こんな寒い日に何をしていたんですか?」

ベンチに座っているリコは、特に意味もなく目の前に立ちはだかる赤司から視線を逸らした。

「なんとなく、ぼーっとしていただけよ」
「こんな昼間に?」

リコはうっと言葉を詰まらせた。
寒空から覗かせる暖かい日差しを浴びたら日光浴がしたくなった、なんて言いたくない。一体何歳の発想だ、と思われてしまうだろうから。リコは苦笑いを浮かべた。

「たまにはいいじゃない。赤司くんこそどうしたの?確か、赤司くんの学校って、」
「貴方に会いに来たんですよ」

言葉を遮られたかと思えば、思いがけない言葉に畳み掛けられてしまう。
赤司は微笑んだ。

「とりあえず、隣に座ってもよろしいですか?」

リコは空いた自分の隣を見やる。どうぞ、と勧めれば、失礼します、と彼は一礼をしてからベンチに腰をかけた。なんて礼儀正しい子なのだろう。

「えーと、赤司くん」
「はい」
「私に会いに来た、っていうのは……」
「すみません、語弊がありましたね。会いに来た、のではなく、必ず出会うはずだった」

何せ、僕と貴方の出会いは必然だったんですから。
と言いたげな瞳に見つめられ、リコは知らずと深い息を吐いていた。

「必然、ね」
「そう思いませんか?」
「仮に私たちのこの出会いが必然だとしたら、なぜ私たちは出会わなければならなかったのかしら?」
「その言い方は僕に会いたくなかった、と言っているようですね」
「まあ、こんなところでは会いたくはなかったわ」
「こんなところで?」
「そうよ」

――赤司くんとは、決勝リーグで会いたかったわ。
さらりと言い放ったリコの言葉に、赤司は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐにいつもの涼しげな表情に戻った。

「……やはり、貴方は面白い人だ」
「そうかしら。私から見れば、赤司くんの方が面白いと思うけど」
「他人に面白いと言われるのは心外ですが」
「おい。先に言ったのはアンタでしょーが」

赤司はリコが両手で持っている紙コップに目を向ける。

「飲まないんですか?」
「えっ?」
「冷めてしまいますよ」
「ああ、そうね」

ふーふー、と息を吹きかけてから、ゆっくりと口をつける。口の中に広がるココアの甘い味。
最初、赤司に何の前触れもなくココアを貰ったときは驚いたが、寒空の下にいる自分を気遣って温かいココアを買ってきてくれたかと思うと、案外悪い人じゃないかもしれない、とリコは思う。唐突に出現するハサミの存在がなければの話だが。
一口、二口、と飲んで、リコは赤司がこちらをじっと眺めていることに気が付いた。ココアを飲み込む度にこくん、と上下する喉元を見ているかのような視線に気まずさを覚える。

「……そんなに見られちゃ飲みにくいわ」
「失礼」

そういって、顔を逸らした赤司の表情に違和感を覚えたのは束の間の出来事で、彼が口を開くころには違和感など頭の隅にもなくなっていた。

「ところで、貴方は必然を信じますか?」
「どっちかといえば、信じないわ。っていうより、あんまり好きじゃない言葉ね」
「何故?」
「必然っていう言葉は都合がいいからよ」

リコは紙コップを膝の上に乗せ、まだ温かさが残るそれにすがるように両手で包み込んだ。

「例えば、自分の好きな人に君と出会えたのは必然だって言われて抱きしめられたらそれは嬉しいことだけど、バスケの試合で相手にとてつもない大差で負けたとき、その相手にお前のチームが負けるのは必然だった、なんて言われたらショックどころか怒りが湧いてくるからよ」
「……貴方の話は分からないな」
「悪かったわね。話が下手で」
「そういう意味ではない。分からないというのは、バスケというスポーツで相手にとてつもない大差で負ける、ということだ。僕は一度も、バスケで負けたことはないですから」
「……よく言うわ、本当」

――洛山と試合をすることになったら絶対勝ってやる。
リコはふんと鼻を鳴らした。

「この出会いが必然ではないとしたら、それはおそらく白昼夢だ」

赤司の言葉に、リコは彼に顔を向けた。

「……はい?」
「白昼夢。知っていますか?」
「あれでしょ、昼間に見る不思議な夢、みたいなやつ」
「そんな感じですね。つまり、いま貴方の目の前にいる僕は、幻だ」

赤司が言い終えた直後、リコは突然ぐらりと眩暈がした。

「どうかしましたか?」
「……なんでも、ないわ」

額に手を当てる。
――今のは、一体何?

「相田さん、聞こえていますか?」

なんだ。赤司くん、私の名前知っていたのね。
ぼんやりとそう思った。

「……聞こえているわ。ただ、なんだか、急に眠く、なって」

目をこすって、隣にいる彼に目を向けた。
意識が遠くなっていく中、赤い髪の男が笑っていることに気が付く。しかし、何故彼が笑みを浮かべているかなんて尋ねることさえできそうになかった。

(……そういえば、)

ふと、思い出す。
彼にまだ、答えを聞いていない。
――仮に私たちのこの出会いが必然だとしたら、なぜ私たちは出会わなければならなかったのかしら?
そう問いかけた質問に、彼はまだ答えてくれては、



カシャン、とリコの手から滑り落ちた紙コップが地面に転がり、飲みかけのココアが地面に飛び散った。同時に、とん、とリコの頭が赤司の肩に寄りかかる。
規則正しい彼女の寝息が聞こえてくると、彼は優しく微笑んだ。まるで、こうなることが分かっていたかのように。
赤司は携帯を取り出すと、長い間見ることはなかった一つの電話番号を選択する。そして、何のためらいもなく、通話ボタンを押すのだった。
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