Kurobasu

□白昼夢
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心臓が異常なほどまでに鼓動を響かせていた。
――早く、早く!
黒子は携帯を握りしめ、ただひたすらに駆けていく。
不安と焦りと、怒り。
それが黒子を急かすのだ。
中学時代、消したはずの彼のメールアドレス。
連絡は途絶えさせたはずだったのに。どうして、今頃。
それだけじゃない。
彼からのメールに添付されていた一枚の画像。
彼の肩に寄りかかり、目を閉ざしている大切な人の姿。
どうして、なんで!
奥歯を噛み締めると、ギリッと不気味な音が鳴った。



「やあ、テツヤ。久しぶりだね」

黒子を出迎えたのは、間違いない、中学時代のバスケ部キャプテン、赤司征十郎だった。
どうしてここに、という疑問よりも彼の隣でぐったりとしているリコが目に入るとそれどころではなくなっていた。

「……何、したんですか?」

リコは目を覚まさない。
息を整えようと深く息を吸ったのが先か、怒りが口から零れだしたのが先か。黒子は肩を上下に弾ませながら、赤司に向かって叫んだ。

「カントクに何をしたんですか!?」
「変な早とちりは勘弁だな。この状況、見て分からないかい?誠凛の監督と少し話をしていたら、彼女が突然僕の肩に寄りかかって眠ってしまったんだよ。僕はそろそろ帰らなければいけないのだが、寝息をたてて気持ちよさそうに眠り続ける彼女を起こすことができると思うかい?できないだろう?そこで、テツヤに助けを求めたというわけだ」

――嘘を吐け。
黒子は苛立ち混じりに息を吐いた。
赤司が誰かに助けを求めるなんて、ありえない。どう見たって計画的な犯行だ。
だって、おかしいだろう。
どんなに大きな声を出したって、彼女は目を覚まさないのだから。
黒子は赤司の元に歩み寄ると、彼の肩に寄りかかっていたリコを彼から引き離し、自分の方へと引き寄せた。
リコの体が前へ倒れかかり、ぽすんと黒子の胸元に寄りかかってしまった。ベンチから落ちないよう、彼女の体を抱きしめ支えてあげる。
黒子はそこで、リコの足元に広がる染みに気が付いた。
紙コップが地面に転がっているのも確認すると、隣にいる赤司を容赦なく睨みつける。

「……何を混ぜたんですか?」
「意外だ。テツヤも、そういう表情をするんだね」
「答えてください!」

やれやれ、と赤司は肩をすくめながら立ち上がる。少し歩いてから、静かに黒子の方へ振り返った。

「大丈夫。死にはしないよ」

赤司からそう告げられた瞬間、黒子はかつてないほどに頭に血が上っていくのを感じた。腕の中にリコがいなければ、赤司に殴りかかっていたかもしれない。
普段滅多に感情を表に出さない黒子であったが、この時ばかりは体中から沸き上がる怒りを隠しきれないようであった。赤司を鋭い眼光で見据えたまま、深く息を吐く。

「まるで主人を守る犬のようだ。しっかり守るといい。それだけの価値がある女性だ」
「……ふざけないでください」

思わずリコの肩に乗せていた手に力がこもった。それでも、不気味なくらいにリコが目を開けることはない。
不安が募り始めたであろう黒子の表情を察すると、赤司は優しい瞳で黒子を見つめた。

「安心しろ。もうじき目を覚ます」
「……赤司くん」
「では、僕は帰らせてもらうよ。彼女によろしくとでも伝えておいてくれ」

――まあ、どうせ覚えていないんだろうけど。
ぼそりと呟かれた小さな声に、リコに視線を向けていた黒子は、はっとしたように顔を上げ、赤司のいる方へ振り返る。
赤司は体ごと黒子へと向けていた。対面する二人。
威厳を感じた。昔から変わらない。帝光中学の時から、何も変わっていない。

「……テツヤは、変わったね」

心の声を聞かれたかのような言葉に、黒子は目を丸くさせた。
去りぎわに、赤司はとある言葉を付け足す。

「彼女に伝えてくれ。先ほどの質問の答えだ」

自分と彼女が出会ってしまったこと。それを必然と称するなら、その理由は一体何なのか。

赤司は微笑んだ。

「僕は貴方に、所有の印を付けに来たんだ、とね」






「……くん、黒子くん!」

はっとして目を開ける。飛び込んできたのは、不安そうに顔を覗き込んでくるリコの姿だった。

「……カントク?」
「ごめんね!私、ついさっき目を覚まして全然気付かなかったの!本当、信じられない。外で、しかも黒子くんの肩を借りて寝ちゃうなんて」

黒子は眠気眼で辺りを見渡す。暖かい日差しが地上に降り注ぐ、のどかな昼間だ。
どうやら、黒子も眠ってしまっていたらしい。

「黒子くん?」

黒子は隣にいるリコに目を向けた。
――僕は一体、何をしていたんだ?

「……カントク、ここに誰かいませんでしたか?」
「え?誰もいなかったけど」
「……」
「ふふっ、寝ぼけてるの?じゃあ、眠気覚ましに少し散歩でもしましょ。ついでに何か食べに行こっか。奢ってあげるわ、迷惑かけちゃったし」

ふわりと微笑む彼女が立ち上がる。

「別に迷惑だなんて――――」

途中まで口にして、黒子は息を呑む。一瞬にして、すべてが蘇った。
ここで、自分は何をしていたか。
自分たちの他に、ここに誰がいたのか。

楽しげな足取りで歩きだそうとしたリコの腕を咄嗟に掴んだ。
リコは驚いた表情を浮かべ、黒子を見やる。青ざめた表情で立ち上がった黒子に、彼女は首を傾けた。

「どうかした?」
「そ、れ。どうしたんですか?」

声が擦れてしまった。
リコは黒子に指をさされた場所に手を当てる。

「やだ、何かついてるの?」

少し伸びた彼女の髪から覗かせる白く細い首筋。
そこにあったのは、赤く色付く一点の跡。
誰かの所為によってつけられた口付けの跡だと気付くのには時間がかからなかった。


それは紛れもなく、赤司という男が口にしていた所有の印なのだったから。




end
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