Kurobasu

□左に小心、右手に勇気を
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炭酸が抜け切った炭酸飲料水は、ただの砂糖水である。
ボクはそんな炭酸を飲むのが好きだ。コーラで例えるなら、炭酸が抜け切ったコーラが好き、ということである。とはいえ、だったら炭酸なんか飲むな、と言われるのは違うと思うし、仮に炭酸のないコーラが売られていたとしても、ボクは絶対に買ったりはしないだろう(ゼロカロリーのコーラは論外である)。
なぜなら、ボクは炭酸の抜けたコーラが好きなだけであって、炭酸のないコーラが好きなわけではないからだ。
家族はボクのそのようなこだわりを知っているからか、1.5リットルのコーラを買ってきて、ほんの少しだけ中身が残ってしまうと、決まってボクにそれを押しつけてくる。中身はすでに炭酸がないことを知ってる上での行動だ。
炭酸が飲みたくてコーラを買う家族。炭酸が抜けてしまえば、それはもう必要のないもの。求めてはいないもの。良、いるでしょ?と炭酸がなくなってしまったコーラを渡される。
なんでみんなは分からないのだろう。炭酸の抜け切ったコーラの美味しさを。
残り物には福がある、まさにその通りだ。
なんて素敵な言葉だろう。


――ただし、それは恋愛以外に限るということを、ボクはつい最近知ってしまったわけだけど。




「もーらい」
「あっ!ちょっと青峰くん!」

ずずずっ、と飲み物が底尽きるような音が鳴った。それでもボクは、ストローから口を離さなかった。ただストローを咥えたまま、目の前の二人を眺める。
ボクの前に座る青峰サンと、その隣に座る相田サン。
先ほどからこの二人は激しいイチャつきぶりを発揮している。
相田サンが食べようと手にしたポテトを、青峰サンが横から食らいつく。それだけではなく、ポテトの味が残る相田サンの指先をぺろりと舐めるのだ。

「ギャッー!?アホ峰何すんのー!?」
「いーじゃねーか、別に」

綺麗にしてやったんだよ、と青峰サンが不敵に笑う。相田サンは目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にしていた。
……あーあーあー。何してんですか。
相変わらずストローを咥えたまま、ボクは冷めた目で二人を眺める。
端から見れば、ただのバカップル。しかし、実際には二人は付き合っていない。
ただの、青峰サンの一方通行な想い。
でも最近、青峰サンの態度に相田サンはまんざらでもないような気がしてきた。だって、ボクという人間がいるのに、二人はいつだって二人だけの世界に入り込んでしまうのだから。
青峰サンとボクが相田サンに出会ったのは、ほぼ同時。そこから親しくなって、今のような状況に至る。
どうして?
出会いは同じだったのに。
どんどん青峰サンに差をつけられてしまう。
このまま二人はいい感じになって、付き合ってしまうのだろうか。
それだけは、嫌だ。


ボクだって、相田サンが好きなのだ。


ずずずっ、と再び大きな音が鳴る。
あ、なくなった、と思ったのと同時に言い合いをしていた二人がこちらを振り向いた。

「ス、スイマセン!」

慌ててカップをテーブルに置いて目を伏せる。すると、二人がぷっと吹き出した。

「なんだよ、良!いい飲みっぷりだったな!」
「炭酸一気のみはあんまり良くないわよ。てゆーか、スポーツ選手は炭酸飲むなっ!」

――ああ、もう。
そうやって二人揃って素敵な笑顔を見せるから。
ボクはこのままでいい、って。
二人が幸せになってくれたらそれでいい、って。




――――なんて、思えるわけがない。



ボクは出遅れただけなのだ。
青峰サンが先に手を伸ばしただけのこと。
ボクは実感する。
恋愛に、残り物には福がある理論は成立しないということを。

いつからか、ボクたちは三人で行動するようになった。
ご飯を食べに行ったり、互いの部活がオフの日は遊びに行ったり。
立ち位置だって、なんとなく決まっている。真ん中には相田サン、彼女の右隣には青峰サンがいて、ボクは彼女の左隣にいるのだ。この位置が変わると、なんだかむず痒くなる。ボクらの立ち位置が板に付いてきている、ということなのだろうか。

三人で歩いていても、相田サンの視線は常に青峰サンに向けられていた。きっと、青峰サンがちょっかいを出すから自然と彼に目がいってしまうのだろう。できるなら、そう思いたい。
三人でいても、二人だけの世界。果たして、ボクは二人と一緒にいる意味はあるのだろうか。
むしろ、ボクがいない方が青峰サンも相田サンも喜ぶのではないだろうか。
二人が本当に二人きりになるのは嫌だけれど、二人が仲良くしているのを間近で見るのはもっと嫌だった。

「……あの、今度から、ボク来るのやめますね」

常連客となりつつあるマジバでボクは遠慮がちにそう告げた。予想は大きく覆る。
二人は、驚愕の表情を浮かべ、一斉にボクへと視線を向けたのだ。

「どうしてよ、桜井くん!」
「意味分かんねー。ずっと一緒にいりゃいいじゃん」

――え?え?
だって、二人きりの方がいいんじゃ……
相田サンが寂しそうな表情でボクを見る。

「そんなこと言わないで、これからも一緒に会おうよ」

ね?と首を傾けてお願いされたら断れるものも断れないでしょう?
ボクには決断と、決断を実行する勇気がないのだから。
正直、あのときの相田サンの言葉は何よりも嬉しかった。ああ、ボクはまだ彼女の隣にいていいんだ、と素直にそう喜べたから。
……でも。


「おい、リコ。もっとこっち寄れよ」
「嫌よ、うざい」

青峰サンに意地悪そうな、でもどこかあどけない笑顔を向けられて、ほんのりと頬を赤く染める相田サンを見てしまうと、やっぱり二人との関係を断ち切ってしまえばよかったと後悔が押し寄せてきてしまう。
ねえ、相田サン。
貴方の隣にはボクという人間もいるんですよ?
分かっていますか?
なんて、心の中で呼びかけたって相田サンは振り向いてはくれない。
伝えたいことは言葉にしないと伝わらないのだ。
ふいに足が止まる。
遠ざかっていく二人の背中。
楽しそうな横顔。
ああ、嫌だ。ダメ、そんな笑顔、青峰サンばっかに見せないで。ボクにだって――――
意を決し、二人に追いつこうと足を踏み出したときだった。
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