Kurobasu

□左に小心、右手に勇気を
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突然、距離ができたボクと相田サンの間に、前方から猛スピードで自転車が突っ込んできたのだ。
慌てて避けると、悪びる様子のない自転車は何食わぬ顔でボクの横を通り抜けていく。
ボクは立ち尽くしていた。

「……大丈夫か?」

青峰サンは相田サンの肩を掴んで、自分の方へ引き寄せていたのだ。

「う、うん……ありがとう」

表情こそ見て取れないが、ボクにははっきりと感じることができた。
青峰サンを見上げる相田サンは。
まさしく、恋する女性になっていたのだ。

さあ、いよいよボクはどうしたらよいか頭を抱えることになってしまったわけだ。
青峰サンは、ボクには到底適うはずのない存在である。
ボクよりバスケは遥かに上手だし、ボクより男前で、ボクより積極性があって。ほら、挙げたらキリがないじゃないですか。
ボクが青峰サンに勝てるものといえば、青峰サンよりも料理ができて、青峰サンより頭がいい、ということぐらいだ。
女性は、本能的に強い男性に惹かれるという話を聞いたことがある。なんでも、女性は優秀かつ強い遺伝子を残すという大事な使命があるから、それにふさわしい遺伝子を持つ男性を求めるそうだ。
相田サンの前にボクという男性と、青峰サンという男性が現れた。気弱なネガティブ系男子と、強気な肉食系男子。
今、ボクが述べた理論が正しければ、相田サンが選ぶのは確実に青峰サンだ。
それはもう、遥か昔から遺伝によって決められているようなもの。
別に青峰サンに敵対心が湧いたことはないけれど、でも、この恋だけは譲りたくないって思ってる自分がいることを、ボクはずっと気付かない振りしていた。
だって、青峰サンには適わないよ。
ボクは青峰サンのように、相田サンをあんな表情にさせることはできないんだ。



それでも、二人がまだ付き合っていないという事実だけが唯一の救いだったんだと思う。
それを知ったとき、ボクはほっと胸を撫で下ろしていたから。
二人が付き合わない、イコール、ボクらのあやふやな三角関係は続いていく。って言っても、ボクが相田サンに想いを寄せていることを、二人は知らないんだろうけど。

「……あ!」

いつの間にか、定着してしまったマジバの前で待ち合わせ。
一人佇んでいた相田サンはボクを見つけると、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきてくれた。
その仕草だけでも胸を躍らせてしまうなんて。

「スイマセン!遅くなりました!」
「大丈夫よ、私もいま来たばっかなの。……あれ、青峰くんは?」

がくん、と胸の高鳴りが急降下したのが分かった。
そわそわしている相田サンの表情が、今はとても憎らしく見えてしまう。

「……少し遅れるから、先行ってろって言われました」

感情をなるべく表に出さないように、無理矢理作った笑顔を貼りつける。相田サンはこの笑顔の正体に気付くことはなく、そうなんだ、と少し寂しそうに呟いた。

「……相田サン」
「ん、なあに?」
「前、の話なんですけど。ボクがその、青峰サンと相田サンと一緒に出かけることをやめるって言ったとき、引き止めてくれたのはどうしてですか……?」

聞いておいて、しまった、と思う。
聞かなきゃよかった、だって、青峰くんと二人でいると緊張しちゃって……なんて言われたら、ボクはどんな反応をすればいいのだろう。
んー、と呟き、人差し指を顎にくっつけながら、相田さんはボクを見やる。
上目遣いの彼女の瞳にどきりと心臓が飛び跳ねた。

「桜井くんだから?」

思わぬ発言に面食らう。
相田サンは楽しそうに笑った。

「桜井くんじゃなきゃ、引き止めないわよ!」

――きっと、青峰くんも私と同じことを考えてるわ。

「……相田サン」

ああ、もう、そうやって。
貴方の何気ない一言に、ボクはいつも踊らされてしまうんだ。
青峰サンがいない、今だからこそ。
せめて今だけは、勇気を振り絞ってみようか。

「桜井くん?」

言葉が続かなかったボクを不思議に思った相田サンが振り返る。
パシン、と音が鳴った。肌と肌がぶつかる音。

「……え?」

相田サンに伸ばした手の平が、彼女の手を包み込む。勢いがよかったためか、乾いた音が辺りに響いたけど、そんなことにまで頭が回らなかった。

「相田サン」

冷えきっていた彼女の指先をなぞる。
するりとボクの指と彼女の細い指が絡み合った。
解けないように、離れないように。
ぎゅっと強く握っていた。


「――たまには青峰サンじゃなくて、ボクのことも見てくれませんか?」


相田サンの顔を覗き込んで、そっと手を離す。名残惜しかったけど、時間切れ。遠くの方から彼のトレードマークの青い髪が見えたからだ。
恥ずかしくて相田サンの顔が見れなかった。彼女の反応が気になったけど、いま彼女に目を向けることはできない。
なぜなら、ボクの顔は燃えるように熱いぐらい、真っ赤になっているはずだから。

(……馬鹿だ。何、してんだろ)

何も知らない青峰サンに上手く笑いかけられただろうか。
それだけがちょっと、気になった。




いつものように、時は過ぎていく。
相変わらず、二人はボクの目の前でイチャついていた。
だけど、今日は二人を直視することができない。
話しかけられても、何をどう答えたのかさえ分からなかった。それほどまでに、ボクは相田サンに対して緊張していたのだと思う。
あのとき、手を繋いでしまったとき、彼女は何を思ったのだろう。何を感じたのだろう。
結局それは、彼女にしか分からないことなんだろうけど。
わざとらしく二人から目を逸らして、Mサイズの紙コップに入ったコーラをストローで一口飲む。
青峰サンと相田サンのいつもの言い合いが胸に突き刺さった。
ああ、ダメだ。やっぱり、こんなんじゃ、ダメなんだよなあ。なんて考えて、思いきって二人に顔を向けてみる。
ぱちり、と目と目が合った。
相田サンは慌てた様子でボクから視線を逸らしてしまって。
そんな相田サンに気付くことなく、青峰サンはいつものように彼女にちょっかいを出していて。
だから、すぐに相田サンの視線は青峰サンに向けられてしまったけれど。

(う……わ!)

思わずにやけてしまった口元を隠すべく、ストローを口にして勢いよくコーラを飲み込めば、炭酸独特の弾けた痛みが喉を通り抜けていく。

(……目、合った……)

上気していく頬。
彼女に触れた右手が熱を帯びる。


……うん、炭酸入りのコーラも悪くないな。
あともう少し勇気があれば、相田サンにもっと近付けるかもしれない。


でも、相田サンの視線が青峰サンじゃなくて、やっとボクに向けられたから、今日はこれでよしとしようか。






左に小心、右手に勇気を




(ボクだって相田サンのことが好きだもん)




end
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