Kurobasu

□断る術など何処に在ろうか
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「――三の倍数のときの記念日って危ないらしいよ」

そう口にしたのは、机を互いにくっつけ、他愛ない話をしている、私を含めた四人グループの中の一人だった。
私を含めた四人グループ、なのだけれど、私はといえば先ほどから一人黙々と育成ゲームに熱中していたため、他の三人の会話に入ることも、ましてや会話の内容にも興味がなかった。興味があるとすれば、いま育てているゲームの中の選手はどうすれば効率的に体力が上がるか、ということである。
そんな私に三人は慣れているようで、当たり前のように私を受け入れてくれた。素晴らしきかな友情、と言っとくべきだろうか。
友人たちの会話に加わることは滅多にない私。しかし、今日の私は違った。
冒頭での友人の言葉。ゲームから目を離そうとしなかった私は、ようやく初めて顔を上げたのだ。

「今の話、本当?」

ゲームを中断させ、三人に向き直ると、彼女たちは不思議なものを見るかのような眼差しを私に向けた。

「お、珍しい。リコが会話に入ってくるなんて」
「何かあったの?」

彼氏さんと。
と、付け足され、私はぎょっとしてしまう。

「べべべ別に!?なんもないけど!」
「はっはーん……さてはリコ、今月、三の倍数の記念日なんだ?」

鋭い友人に返す言葉も見つからない。渋々頷けば、私の恋愛事情を知っている彼女たちはここぞとばかりに大きく頷き合った。

「おめでとー。何ヵ月?」
「……一応、六ヶ月」
「六ヶ月って半年じゃん!わー、時が経つの早ーい」
「ついこの間付き合いました、って感じだったのに」
「うんうん。リコに彼氏が出来たって聞いたとき、最初何事かと思ったもん。休み時間ずっとゲームをやってるような女子に彼氏ができるなんて、みたいな」
「しかも相手は年上。さらにあのモデルの黄瀬くんの先輩だなんて!」

キャー黄瀬くん、かっこいい!と彼女たちが歓声を上げる。黄瀬くんファンである彼女たちの見慣れた光景であった。
やれやれ、と頬杖をついて彼女たちを眺めれば、で?と三人が同時に振り返ってきた。

「半年を迎えるのに、なんでそんな深刻そうな顔をしてるわけ?」
「だって、アンタが三の倍数の記念日が……って話をするから」
「確かに言ったけど、誰もが当てはまるわけないじゃない。もしかしてリコ、彼氏さんと別れそうなの?」
「それは、」

そこで区切って、リコはため息をついた。

「……わかんない」

別れるはずがない、と断言できなかったのは、少なからずそういう予兆を感じていたからかもしれない。
あのさ、と身を乗り出せば、なになに、と三人も身を乗り出してくる。ひそひそ話をするかのように、私たちは小声で話をした。

「半年も付き合ってたら……その、するものなの?」
「何を?」
「…………キス」
「するでしょ」
「リコの彼氏さんって一つ年上の人でしょ?ぐいぐい来たっておかしくはないよ」
「……」
「え、もしかして、まだキスしてないの?」
「……キスどころか、手さえもあんまり繋がない」
「「「ええーっ!?」」」

ぐん、と声量が上がる彼女たちの声に、周りにいる人たちが驚いて振り返った。馬鹿、声がでかいわよ、とリコが嗜めるが、三人は周りのことなど目にも入っていないようだ。

「リコ、もう一度聞くわよ?アンタの彼氏、年上なのよね?」
「ええ」
「半年付き合ったんだよね?」
「ええ」
「それなのに、キスどころか手を繋ぐこともままならないと?」
「……ええ」

気迫のある彼女たちから視線を逸らす。

「それって……彼氏さんに求められていないってことじゃないの?」

求められていない。どん、とリコにのしかかる。はっきり言われると、結構キツい。

「でも、笠松さんとは学校違うし、もう受験生だからなかなか会えないから、」
「そしたら余計に会ったときに求められるでしょ。会いたかったよリコぉ!みたいにさ」

そう言われ、笠松さんが両手を広げて私を出迎えてくれるところを想像する。……ないない。激しく、ない。

「でっでも、笠松さんは女子が苦手で、」
「苦手だったらリコと付き合わないんじゃない?」

さらりと返されるのも、結構キツい。

「……それは、私が女っぽくないからで……」
「それで付き合った、って知ったらリコ、アンタ嬉しい?」
「嬉しいわけないでしょ!」

むう、と頬を膨らますと、隣に座る友人が、つん、と人差し指で突いてきた。

「リコ、お色気ゼロだもんねぇ」
「……うっさい」
「てか、女子が苦手とか言ってもさ、周りがどう思うのかなんて分からなくない?」

意味深な発言をした友人に、一斉に視線が注がれる。
彼女は腕を組み、思案顔で私たちを見渡した。

「リコの彼氏さんって、バスケ部のキャプテンでしょ?しかもあの黄瀬くんの先輩。それに、リコの話を聞く限り、かなりの硬派な人そうじゃん。そんな人を周りの女たちが放っておくと思う?彼氏さんが女子が苦手だって知っても、アタックするのは普通なんじゃないの、って話。意味分かる?」
「……つまり、たくさんの女子に言い寄られて、他に気になる人が出来たと?」

友人一人の言葉に、沈黙が訪れた。

「……私、飽きられたってこと?」

思わず擦れた声が出てしまった。
普段、弱気な部分を見せない私が狼狽している。口々に好きなことを言っていた三人は私の様子に慌てふためいた。

「いやいやいやいや!これはあくまでも想像の話だけであって!」
「そうそう!リコの彼氏さん、すごく優しそうで一途そうな人だったし!……会ったことないけど」
「浮気なんてされてないってー」

一人の悪気のない発言に、他の二人が鋭く睨んだ。あっ、と小さく声を上げて、彼女は慌てて口を塞ぐ。

「……浮気……」

机に目を落とし、ぼんやりと呟いた。
何か声かけてよ、えっあたしが!?当たり前じゃない、アンタの一言のせいよ、そんな三人の囁き声が聞こえてきたが、もはや口を出す気力もない。

「――ああもう!」

とうとう、重たい空気に痺れを切らせたらしい一人が突然立ち上がった。

「リコ、今日彼氏さんに会ってきな!」
「へっ?」
「今日は部活オフって言ってたわよね?ちょうどいいから行って来なよ」
「ええっ!?無理無理無理!と、遠いし、会う約束もしてないし……」
「じゃあこのままでいいわけ?リコは彼氏さんと手を繋ぎたい、とか、キスしたい、とか思ってるのに、それを実行しようとしてくれない彼氏さんに真意を聞きたいと思わないの!?」

――いや、ちょ、声でか……

「そうそう。それに、最近全然会ってないんでしょ?彼女が会いに来てくれたら彼氏さん、すっごく喜ぶと思うよー?」

その言葉に、私はぴたりと動きを止める。

「……そう、かな」
「「「うんうん!」」」


今思えば、私は三人に上手く丸め込まれたような気がする。
それでも私は、放課後、意を決して笠松さんのいる神奈川へ行くことを決めたのだ。
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