Kurobasu

□美味しいケーキの誘い方
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「ちわーす」

毎度のことのように緑間という相棒を連れて(半ば無理矢理に)体育館にやってきた高尾は、足を踏み入れた瞬間にそこはいつもの雰囲気とは異なることに気が付いた。
部員たちが妙に騒ついているのである。

「あ、宮地先輩。何かあったんすか?」

たまたま近くを通りかかった宮地を呼び止めると、宮地は太陽にも負けないくらいの眩しい笑顔を高尾に向けた。

「質問する前にやることあんだろ、一年。何先輩に部活の準備させちゃってるわけ?」

そう告げる宮地の手には今日の練習で使う道具が抱えられていた。

「持ちましょうか、先輩様!」
「持ちましょうか、じゃなくて、持つんだよ!」

さっと差し出された高尾の手の平に思いきり道具を乗せる宮地。
あまりの重さに、うおっ!?と声を上げてしまう。

「真ちゃーん、ヘルプー」
「なんで俺が……」

拒否しようとした緑間だったが、にこにこと不気味な笑顔を保ち続ける宮地に気が付くと、渋々と高尾の手にある道具の半分を持つことにした。

「やればできるじゃん」

なんて言いながら、二人の頭をぐりぐりと撫で回す宮地はとても嬉しそうな表情を浮かべていたが、目が笑っていないということに高尾と緑間は一瞬にして感じ取っていた。
怖い怖い、と冷や汗を流しつつも宮地とともに歩きだす。

「それで、何かあったんすか?」
「あー……なんか知らないけど、今ここに誠凛の監督が来てるらしい」
「えっ」

高尾はすぐに制服を身にまとう、凛とした女子高生を思い浮かべ、緑間は誠凛という単語に反応し眉間に皺を寄せた。

「一人で、ですか?一人で敵陣地に?」
「らしい。詳しいことはよく分からないけど、今頃中谷監督と話でもしてるんじゃない?」

道具、そこ置いといていいから、と宮地は体育館の一角を指差し、アップを始めようとする木村たちの元へ加わりに行ってしまった。

「……真ちゃん」
「何なのだよ」
「監督たちが何話してるか、気にならない?」
「ならないのだよ」

道具を置き、今日もストイックに練習を始めようとする緑間の背中に高尾は遠慮なく体当たりをした。突然の出来事に緑間は驚き、振り返る。そして、後悔。
高尾にがっしりと組まれた腕から逃れるのはかなり難しそうだった。
目をきらきらと輝かせる高尾は、その光り輝く瞳で緑間を見上げる。

「ちょっとだけだからさっ!」

なっ?と相槌を求められても、どうせ拒否権なんてないのだろう。
緑間は深いため息をつきながら、中指で眼鏡を押し上げるのだった。




「……そもそも、なぜそんなに監督たちに興味を持つのだよ」
「んー、強いて言うなら、監督たちって言うより誠凛の監督さんに、かな」
「……誠凛」
「だって気になるじゃん。誠凛の監督、普通の女子高生なんだぜ?どういう人かかなり気になるじゃん?私、気になります!」
「やめるのだよ、気色悪い。普通じゃないから監督になれた、ただそれだけだろう」
「その普通じゃないってとこが気になるの!ああもう、真ちゃんは分かってないなあ」
「なんっ……!?」

反論しようとした緑間だったが、ぐっと押し黙る。しーっ、と人差し指を口元に当てた高尾が自分を見ていたからだ。緑間は口を閉ざすも不満そうな表情を浮かべた。
二人がやってきたのは、中谷専用の部屋である。ドアの前までやってくると、中から楽しげな笑い声が聞こえてきた。
聞き慣れない女性特有の高い声に、緑間は自分たちは今、疾しいことをしようとしているんじゃないか、という不安に掻き立てられた。
しかし、好奇心旺盛な高尾はそんな気持ちなど湧いてこないらしく、ドアをほんの少しだけ開けることに成功させ、にんまりとした笑みを緑間に向けた。
薄暗い辺りは、部屋の中から零れる光がとても眩しく感じるほどである。

「……高尾。やっぱり止めるのだよ」
「なんだよ、真ちゃん。ここまで来てさ」
「その……女性の話をこっそり聞くのは、あまり良くないのだよ」

頬を赤らめながら視線を泳がす緑間に、高尾は吹き出しそうになるのを慌てて両手で押さえた。

「えっ!?そうだったんですか!?」

突如、誠凛のカントクであるリコの声が跳ね上がる。それにつられ、二人の肩も跳ね上がった。

「ああ、そうだよ。君がまだ赤ん坊の頃、トラの家で君を抱かせてもらったんだ」
「知らなかった……パパは、いえ父は一言もそんなこと教えてくれませんでした」
「はっはっは!まったく、トラらしい。……そのときからトラは君に溺愛していてね、抱っこするときもそりゃあ目を光らせていたよ」
「……恥ずかしいです」

高尾と緑間は顔を見合わせる。

「……真ちゃん」
「……何なのだよ」
「……中谷監督が、笑った」
「……ああ、笑ったな。今日はどうやら、雪が降るらしい」
「今日の天気予報、降水確率ゼロパーセントだったけどねぇ」
「……」
「ていうか、誠凛の監督さんと監督ってどういう関係なわけ?」
「それは、」
「――監督さんの父親と中谷監督が仲良いんだろーね」

高尾と緑間はギョッとした。が、身動きがとれない。身を屈めて部屋の中を覗き込んでいた二人の背中に、どしりとした重みが加わったからだ。

「みみ宮地先輩っ!?」

小声ながらも驚きの声を上げる高尾。
驚くのも無理はない。高尾と緑間の背中に身を寄りかからせていたのは、あの宮地と木村だったからだ。
緑間の背中にいる木村が呆れたようなため息をつく。

「部活サボって覗き見か?」

悪趣味だな、と木村は呟くが、彼の瞳はまっすぐにドアの隙間から覗かせる部屋の中へと向けられていた。

「宮地先輩たちこそ、どうしたんすか。こんなところで」
「可愛い可愛い後輩ちゃんがいなくて探してたんだよ。なに、お前ら。パイナップル投げられたいの?」
「宮地ー、軽トラなら貸せるぞー」

相変わらずのやりとりを聞きながら、高尾と緑間はだらだらと冷や汗を流すことしかできなかった。
宮地は部屋の中を覗こうと目を細める。

「……で、誠凛の監督さんは何しに来たわけ?」
「それが分からないんすよ。さっきから昔話に花を咲かせちゃって。あ、宮地先輩、トラって知ってます?」
「はあ?トラ?」
「なんか中谷監督、誠凛の監督さんの父親をトラって呼んでるみたいで」
「そんな内部事情、俺が知るわけないだろーが」
「ん?トラ?」

トラ、という呼び名に反応した木村が、ぐっと身を乗り出して部屋の中を見やる。うぐっ、と緑間が変な声を上げたような気がしたが、とりあえず気にしないことにした。

「……確か、中谷監督って元全日本選手だよな?」
「そうっすけど、それが?」
「いや……確か、監督と同世代の選手に、」
「――それでは、これで失礼します」

部屋の中にいるリコの声に四人はびくりと肩を震わした。
どうやら中谷と話を終えたリコが、ドアの方へ、つまり四人がいる方へ向かって歩いてきたのだ。
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