Kurobasu

□君のココアができるまで
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大人になれたら、と思う。
大人になったら時間なんて気にせずに愛しい人と同じ時間を共有できるのに。
どんなに努力したって、所詮、自分はまだ高校生という名の子供なのだ。
恋人に会える時間なんて高が知れているし、ましてや他校となれば尚更に会うのが難しい。さらに特例を挙げるとするならば、黄瀬涼太という男の恋愛事情である。
彼には相田リコという恋人がいるのだが、彼女の父親は筋金入りの娘溺愛者である。最近、娘に寄りつく黄瀬の存在に気付いたのか、彼女の門限が厳しくなってしまったのだ。
二人は他校生であり、それゆえ家も遠い。互いに部活動が忙しければ、黄瀬はモデル仕事もこなしている。
まったく会えない、というわけではないが、会える日は限られていた。これが、特例黄瀬涼太の恋愛事情だった。
だからこそ黄瀬は、時間に縛られない大人たちの一員になりたいのだ、と思ってしまうのだ。
そしたらずっと、彼女と一緒に居られるというのに。

「毎日会うなんて、結婚したら当たり前のことでしょ?なら、なかなか会えないこの時間を今は楽しめばいいじゃない」

今日は珍しく、二人の予定が合う日だった。貴重な休み。貴重な、二人の時間。
ぶつくさと不満を漏らす黄瀬に、隣を歩くリコはそう言った。
黄瀬は小柄な恋人を見下ろす。それとは反対に、リコは隣を歩く恋人を見上げた。

「そしたら久々に会える今日みたいな日が、とても素敵な時間になるでしょう?」
「そう、スっね」

途切れ途切れになってしまったのは、リコの思わぬ発言に動揺してしまったからだ。
――結婚したら。
つまり、リコはすでに自分との結婚まで考えてくれている、という意味に捉えることができる。こんな嬉しいことはないだろう。

「……何にやけてんのよ」
「うへっ、いや、あの」
「うへって何よ、モデルが」
「ば、馬鹿にしないでくださいっス!」

むー、と膨れっ面を浮かべながら、繋いでいたリコの手を握る。数秒後、自分の手を握り返してくれるリコの温もりが伝わってきた。

息を吐くと、白い息が宙を漂う。
季節は冬真っ只中だ。


まだ日が沈んではないが、黄瀬とリコにとってはそろそろ別れの時間である。
彼女の門限が厳しくなったがゆえの結末だ。しかし、文句は言えない。不満はあるものの、先ほどのリコの考えに納得することもできたし、短い間でも会えるだけ幸せだったからだ。
欲を言えば、やはりまだ一緒にいたい、と思ってしまうだけで。

「――あ、ちょっとコンビニ寄ってもいい?」

帰り道の途中、リコはそう言った。コンビニだったらどこでもいいらしいので、たまたま近くにあったコンビニへと向かう。
コンビニの中へ足を踏み込めば、外の寒さとは打って変わった室内の暖かさに凍えた体が溶けていくようだった。

「あったかーい」
「そうっスねぇー……あ!リコさん、リコさん!これ見て!」

黄瀬は興奮気味に雑誌置き場へ走っていくと、一冊の雑誌を手にして戻ってくる。じゃーん、と差し出された雑誌の表紙には、どや顔で雑誌を掲げる黄瀬と瓜二つの男が、爽やかな笑顔でポーズをとっていた。
それが黄瀬本人だと気付くのに、約数分。

「……ああ、黄瀬くん」
「反応薄っ!もっと俺に興味持ってくださいっスー!」
「うーん……私、モデルの黄瀬くんより、バスケしてる黄瀬くんの方が好きだし」

えっ、と顔を上げたときには、リコはすでに背を向けて歩いてしまっていて。
黄瀬は慌てて雑誌を元の場所に戻して、陳列棚を熱心に眺めているリコの背中に飛びついた。

「リコさん、大好きっスー!」
「ああもう鬱陶しい!離れなさい!」

黄瀬はリコの制する言葉など聞かず、すりすりと彼女の頬に擦り寄る。リコは呆れ気味のため息を一つして、抵抗することを諦めた。
リコの背中にべったりと寄りかかりながら、黄瀬は彼女が見ているものに目を向けて、あれっ、と声を発した。

「……弁当?」

そう、リコがさっきから熱心に見つめていたのは弁当だったのだ。
リコは一つの弁当を手にし、あっけらかんとした口調で言葉を綴った。

「そうよ。今日、パパいないから」

驚くほどあっさりと言われたので、黄瀬は反応するのに少し遅れた。

「……え?今日、景虎さんいないんスか?」
「ええ、仕事の関係でね。帰ってくるのは明日って言ってたけど」

――なんでそれを早く言わないんスか!!
黄瀬はリコから離れると、彼女の腕を引っ張り、自分の方へ向かせた。

「どーして黙ってたんスすか!?」
「だって……」
「俺……いないなら……リコさん家に誰もいないなら、その……お泊まり、したいんスけど」

明日は日曜日だし、部活も午後からだ。明日の朝に帰れば、余裕で間に合うし。
黄瀬はいろいろな考えを巡らせながらリコに目を向けた。
日頃なかなか会えない二人だからこそ、こんなチャンスは滅多にない。愛しい人とずっと一緒に居れるのだ、リコだって喜んでくれるはず。
――そう思っていたのに。

「それはちょっと……」

リコは困ったように黄瀬から視線を逸らした。その仕草に、ずきりと胸が痛む。

「……ダメっスか?」
「ダメっていうか……」

リコはまたしても困ったように俯く。
黄瀬は期待から絶望へと陥り、肩の力が抜けていくのを感じた。
が、ここで引き下がるわけにはいかなかった。ラスボスがいない今、リコと長く居られるチャンスを獲得するためには。

「じゃ、じゃあ!俺も一緒に夜ご飯食べるっス!それならいいスか!?」
「え、私の家で?」
「……できれば、そうだと嬉しいんスけど……ああでも!外食でも全然!俺ん家門限ないし。ていうか、リコさんと一緒にいたいんス!!」

言った直後、周りの人たちの視線が一斉に二人へ向けられた。端から見れば必死すぎる彼氏に戸惑う彼女という構図である。
リコは顔を真っ赤にし、慌てて弁当を手にすると、黄瀬の腕を引っ張ってその場から逃げるようにレジへと向かった。

「馬鹿っ!恥ずかしいこと大きな声で言わないで!」
「だ、だって……」

ふと視線がリコの手元に移り、黄瀬は黙り込む。
自分の腕を掴む手ではなく、彼女のもう一方の手の中にある弁当。

「……先に言っとくけど、後悔しないでね」

へっ、と間抜けな声が出た。
前を歩くリコの耳が赤くなっていることに気が付く。出会った頃よりも伸びた髪が、ふわりと揺れた。

「後悔、しないでよね」

確認するようにもう一度言ってから、リコはレジの台に購入する弁当を置く。
店員に温めますか?と尋ねられ、大丈夫です、と答えたリコは、二つの弁当が入った袋を受け取った。
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