Kurobasu

□世界の果てまで
1ページ/3ページ

「……あ、青峰くん?」
「ああ?」
「なんか、ちょっと、おかしくない?」
「別に普通じゃね?」

と、太股の間から顔を覗かせる青峰。


――――普通じゃないでしょーがっ!!


心の中で盛大なツッコミを入れつつも、とりあえず冷静になるということを学びつつあるのは、青峰大輝という男の予想もつかない行動を日々体験してきたお蔭なのかもしれない。
ふう、と息を吐いてから、相田リコは覚悟を決めて自分の下にいる彼に目を向けた。

「あ、青峰、くん?」
「……だから何だよ」

苛立ったような青峰の口調に、リコはベンチに置いた手をぎゅっと握りしめた。

「……やっぱり、おかしい、のだよ」
「いや、おかしいのアンタの方じゃね?」

何故に緑間?と青峰は眉間に皺を寄せた。
リコがおかしいと思うのは、自分と青峰の体勢である。
詳しく説明するのならば、まず、二人がいる場所というのは、桐皇学園バスケ部の部室だ。なぜ、誠凛のリコが桐皇にいるのかと言われれば、これは簡単なことである。原澤監督と今後の練習試合の組み立てについて話し合いをしに来たのだ。
しかし、来たのはいいものの、原澤監督はいま席を外しているという。来るまで部室で待っててもらえないかとバスケ部主将、今吉に部室に通されたのだが、部活途中だったらしく、彼はすぐに体育館に戻ってしまった。
部室に一人残されたリコは何もすることがなく、ぼんやりとベンチに座っていたのだが。
そこに颯爽と現われたのが青峰だった。
やってきた青峰に、アンタ部活は?と尋ねれば、口をもごもごさせながら口元を手で覆っていたのが印象的だったな、とリコは思い返す。
顔赤いわよ、熱?と首を傾げれば、うるせーちげーよ!と怒鳴り返された。
――青峰くんなんて熱にうなされてくたばってしまえばいいのに。リコはにこにこと笑みを浮かべながらそう思う。
青峰はリコの元にやってくると、ベンチに座るリコの目の前に座り込んだ。反射的にスカートを押さえてしまったのは、無理もない。
な、なによ、と顔を赤らめながら彼を見下ろせば、あろうことか、彼はずいっと一歩、また一歩とリコに近付いてきたのだ。
内股気味だったリコの両足を抉じ開けて間に入り込むと、胡坐をかいたまま、背筋を伸ばしてリコの顔を覗き込む。

――それが、現在進行形で行われているリコと青峰の体勢であり、リコがおかしいと思わずにはいられない体勢だった。

「……青峰くん、練習抜け出してきたんでしょ?」
「あ?」
「だって、体力の数値とかいろいろ、ちょっと落ちてるし」
「……チッ。厄介な目だな、本当」
「悪かったわね。厄介な目でアンタのガングロの体を見たりして」

――ガングロは余計だ、このヤロー。青峰は引きつらせた笑みを浮かべる。
リコは相変わらずスカートを押さえたままだ。
彼から視線を逸らし、口を尖らせる。

「……なによ、急に来たと思ったらこの体勢ってどういうことよ」
「わりーかよ。アンタが来てるって聞いたから急いで――」
「……え?」

思わず聞き返せば、しまった、と言うかのように今度は青峰が視線を逸らした。
リコは思わず身を乗り出す。

「何それ、どういうこと?」
「……ほっとけ」
「アンタ、私に会いたかったの?」

からかうようにおどけた口調で話しかければ、突然、青峰が顔を上げた。
目と目が合い、リコの思考が、動作が停止してしまう。
リコの瞳に、顔を赤らめた青峰が映り込んだ。

「……悪いかよ」

少し不貞腐れたような、今まで彼からは聞いたことのない声色がどこかくすぐったい。
青峰はリコを見上げ、ため息をついた。

「……しっかし、見れば見るほどぺったんこな胸だな。ちゃんと栄養行き渡ってんのか?」
「なっ……!?」

――さっきのトキメキ返せ、エロ峰!!
心の中で叫び、ふんっと鼻を鳴らすリコ。
青峰から顔を逸らし、ご立腹ですと言わんばかりの表情でぶつぶつ文句を口にする。

「……アンタっていっつもそうなんだから。私に対してちっちゃいだのなんの……私に不満があることって胸だけなのかしら」

その言葉に、ぴくりと青峰の肩が揺れる。そのぎこちない動きを横目で捉えたリコは、もう一度青峰に顔を向けた。
青峰は背筋を丸め、右肘を胡坐をかく自分の太股に乗せると、頬杖をつく。

「……一歳差」

は?と青峰を見やれば、彼はリコからの視線から逃れるようにそっぽ向いた。

「アンタと俺の歳の差」
「……が、なに?」
「不満だっつってんの」

思いがけない言葉に、リコは目を丸くした。

「納得いかねーんだよ、なんで俺がアンタより年下なのか」
「別にいいじゃない。……私、年下好きよ?」

――これはリコなりの告白であったが、残念なことに青峰が気付くことはなく。リコは思わず苦笑してしまう。

「だいたい私、早生まれだし、大して青峰くんと変わらないと思うけど」
「そーいうことを言ってんじゃねーよ!」

急に声を荒げられ、リコはぎょっとした。
青峰はスカートを押さえているリコの手を掴んだ。
大きな彼の手の平は、リコの小さな手などすぐに包み込んでしまう。

「……早生まれっつったって、半年ぐらいの差はあるだろうが」
「だ、だから別にそんな差なんて……」
「結構な差だろ?」
「ちょっと待って。意味が分かんない。つまりアンタは何が言いたいわけ?」

すると、リコの手を握る青峰の手に力がこもった。

「俺よりも先に大人になっていくのが納得いかない」
「……え?」
「俺より先に生まれて、先にいろんなことを経験して、アンタはいつだって俺の行く先にいるんだ。どんなに頑張ったって届かねえし」
「……あ、あの」
「んだよ」
「……やっぱり、青峰くん熱あるんじゃない?」

心配そうに青峰の額に手を伸ばしたリコに、ブチッと彼の中で何かが切れた音がした。
額に触れたリコの手を引っ張ると、リコの体が前へ倒れこむ。

「きゃあっ!?」

倒れこんだリコは、青峰の胸の中に飛び込んでしまう。青峰はそのまま小柄な彼女の体を抱きしめると、胸の中にいるリコの体が強張ったのが分かった。

「あ、青峰くん!?」
「こっちの気も知らないでよー、んなこと言うなよなー」

青峰はリコの髪に顔を埋める。シャンプーの香りだろうか。とても甘い匂いがした。

「やっ、ちょっと」
「待てないけど?」

青峰は不敵な笑みを浮かべる。

「ていうか、そろそろリコが待ってくれてもいいんじゃねーの?」
「は、はあ?」
「俺のこと。俺がアンタに追いつくまで、待ってくれてもいいじゃん」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ