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□ジューンブライドに夢を見て
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水戸部くんが好きだった。
初めて会ったとき、なんで一言も喋らないのよ、と訝しげた時期もあった。
でも、彼は人一倍努力をしている人だということを私は知った。
練習も毎日欠かず出ていたし、弱音を吐いたこともない(喋らないだけだからかもしれないけど)。でも、それでも。
何も話さなくても、彼が誰よりも優しい人だということを知った。誰よりも心配性なのも知った。誰よりも負けず嫌いなのも、意外とからかうのが好きなとこも――――
……あれ。なんだ、私、結構彼のこと知ってるじゃない。何も不安に思うことなんてなかったじゃない。
だって、彼は。

急に目頭が熱くなった。悲しいわけじゃない。
強いて言うなら、嬉し泣きだと思う。
知らないうちに彼を目で追っていて、好きになっていって。
気付けば彼の隣にいて。
彼も私が好きだと言ってくれた。
初めて、私が彼の伝えたいことを理解できた言葉だった。
好きです、と言われて頭を撫でられた。あれは、彼なりの愛情表現なんだ。
私、水戸部くんに頭撫でられるの、好きなんだよなあ。
私、水戸部くんに愛されているんだ。


頬を伝う涙を拭ったとき、部屋の奥から戻ってきた水戸部くんと目が合った。
彼は私を見るなり、大きく目を見開かせて、すぐさま私の元に飛んできてくれた。
彼の手から何かが落ちる。

「み、水戸部くん」

水戸部くんの指先が私の涙を拭ってくれる。
彼の両手が私の顔を包み込むと、彼は心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「ち、違うの!これは嬉し泣きだから……」

ぽかんとした水戸部くんに吹き出してしまった。
肩の力が抜けて、彼が安堵したのが分かる。
心配かけてごめんね、と言おうとしたとき、私は彼の腕の中へ引き寄せられた。
座ったままぎゅっと抱きしめられ、私は驚く。
ぽんぽんと頭を数回優しく叩かれてからそっと離してくれる。
ぼーっとしたまま水戸部くんを見上げていると、彼は優しく微笑み、私の隣のイスに腰を下ろした。
そして、先ほど落としたものを拾ってテーブルの上に置く。おそらく、部屋の奥から持ってきたものだろう。
何かと思って見てみれば、それは卓上カレンダーだった。

「どうしたの?」

水戸部くんはパラパラとカレンダーを捲り、ある場所で手を止めた。
はい、と言うかのように私にそのページを見せてくれる。
六月と大きく書かれたページを見てから、彼に視線を戻すと、彼は心なしか幸せそうに笑っているような気がした。

「……え?」

聞き間違い……?いや、思い違い?
首を捻っていると、水戸部くんはとんとんと六月という文字を指で叩く。


――結婚式は六月にしよっか。


はっきりと聞こえた彼の声に、思考が停止したのは無理もないでしょ。
だって、からかっているような素振りなんてないんだもの。
水戸部くんは返事をしない私を見て、私が伝えたいことを理解できないでいると思ったらしい。
真っ白な紙とペンを取り出して、伝えたいことを書こうとした。

「――分かった!分かったから!!」

恥ずかしいから文字にしないで!

慌てふためく私に水戸部くんは笑う。
そして、肩を引き寄せられたかと思ったら、唇が重なった。
なんて、一瞬の出来事。
次に彼を見たときには、笑みを絶やすことなく心躍るようにカレンダーを眺める水戸部くんの姿が目に入った。
それはまるで、明日の遠足が楽しみで待ちきれない無邪気な子供のよう。


そんな彼の瞳には、いつか訪れるジューンブライドの光景でも映っているのだろうか。




――ああもう、好きにしちゃってください。





ジューンブライドに夢を見て



(貴方の隣でウェディングドレスが着たいの)




end
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