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□煌めく世界
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「うわっ、おまっ、何してんだよ……あーあ、勿体ねーなあ」
「――いつ!?」

リコが落とした缶を拾おうと腰を屈めた青峰は、そのままの姿勢で彼女を見上げる。

「いつ行くのよ!?」

リコの表情をまっすぐ見据え、青峰は腰を上げた。

「……大学卒業したら」
「なん、で……なんで、今まで黙ってたの!?」
「今言ったじゃねーか」
「そういう意味じゃない!」
「大学卒業まであと二年もあんだろ!?前もって言ってるじゃねえか、何が不満なんだよ!!」

声を荒げられ、リコの肩がびくりと跳ね上がる。
怯えたリコの表情が目に入り、青峰はがしがしと頭を掻いた。

「……わり……」
「…………先帰る」

リコは落とした缶を拾うと、自動販売機の横に設置されているゴミ箱へ捨てた。
そのままふらふらとした足取りで青峰に背を向けて歩きだそうとすれば、彼は慌ててその肩を掴んだ。

「おい、リコ、」
「私は……!」

勢いよく振り向いたリコを見て、青峰は目を見開いた。
リコは今にも溢してしまいそうなほどに、両目に涙を溜めていたのだ。

「……大学に入ったら青峰くんと一緒にいるって決めてたけど……でも、青峰くんが、そういうことを考えてるなら、私は誰よりも応援するし、会えなくなることぐらい、我慢だって、するけどっ……」

でも、とリコは言葉を区切る。

「……そういうことを決める前に、私に、相談してほしかった……!」

青峰の手が、リコの肩から虚しく崩れ落ちていく。

「リコ、」

彼女は必死に涙を堪えようと唇を噛み締めた。

「……ごめん。もう、帰ろっか」

風邪ひいちゃうから、とリコは彼を促す。
青峰は顔を上げた。
歩きだそうとするリコの腕を掴み、自分の方へ引き寄せる。

「なあ、リコ」

青峰は彼女の前髪についた雪を指で払い除けた。んっ、と目を瞑った彼女の仕草に思わず笑みが零れてしまう。

「……大事な話はこっからだっつーの」

は?とリコが顔を上げた。その見事な拍子抜けした顔に、青峰は腹を抱えて笑い出す。

「なんつー間抜け面してんだよ!」
「なっ……!わ、悪かったわね!生まれてからずっとこの顔よっ!!」

ふんっ、とそっぽ向いてしまったリコに対し、青峰は彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
まー、そんな顔のアンタを好きになったのは俺だけどよ、と付け足して。

「…………アホ峰」

ぼそぼそと呟くリコであったが、自動販売機の光に照らされたその顔は、耳まで真っ赤に染めらせていた。

「リコ」
「……だからなによ」
「俺と一緒にアメリカに来いよ」

目に飛び込んできた雪に、思わず目を瞑る。頭がぐるぐると回っていた。
リコは最初、何を言われているか理解できなかった。
目を見開いて、呆然としたように青峰を見上げる。
雪がちらつく中、彼は何にも目もくれず、ただリコだけを見つめた。
しかし、だんだんと恥じらいを覚えてきたのか、彼は彼女から視線を逸らしてしまう。

「……もし、行かないって言ったら?」
「俺も行かない」

青峰がはあと息をつく。白い息が宙を漂っては消えていく。
マフラーに口元を埋まらせながら、彼は続けた。

「元からそういうつもりで向こうと話をしてたんだ。リコがついてきてくれるなら俺はアメリカに行くし、リコが来ないなら俺も行かない、ってな」

向こう、とはおそらく青峰をアメリカに誘ってきているバスケチームのことだろう。
リコは身を乗り出し、青峰の腕を掴んだ。

「ちょ、ちょっと待って青峰くん!そんな大事な話……私の都合で決めちゃだめよ!私に黙ってアメリカ行きの話をしてたのはもう気にしてないし怒ってなんかないわ!だから、」
「――アメリカに行ってこい、ってか?」

リコの動きが止まる。
彼女の目に映り込んだ青峰は、苦痛に顔を歪めているような、そんな表情をしていた。
見たことがないそんな彼の表情に、リコは言葉を失う。

「……俺はアンタがいなきゃ生きていけねーし、アンタから離れようとも思ってねーよ」
「青峰くん……」
「アンタが思ってる以上に、俺はアンタが好きだよ。好きな女がついてきてくれないからアメリカ行きを断った馬鹿な奴、って好きなだけ笑えばいい。どうせ、俺は元から馬鹿な男だし」

青峰は笑う。
光に照らされた彼の顔つきは昔と比べて随分と大人びていた。
でも、笑うと幼く見えるあどけなさは、今も昔も変わっていない。

「だいたい、アンタが会えないの我慢できても、俺が我慢できねーよ」
「……馬鹿っ……アホ峰の、馬鹿っ……!」

顔を俯かせ、青峰の胸元を何度も叩くリコの様子に、彼は歯を覗かせて笑いながら、何度も何度も優しくリコの頭を撫でた。
しばらくして、リコの手が止まる。

「……返事、急いでるの?」
「いーや。別に」
「……じゃあ、もう少し考えさせて」
「おう。どっちに転がっても、俺はアンタから離れる気はさらさらねーから」

ねえ青峰くん、とリコは顔を上げる。
彼女の瞳に映る不安めいた色に気付いた青峰は、彼女から手を離した。

「青峰くんの初めての恋人って、私……だよね?」
「あー?なんだよ急に。そーだけど」
「その、いいのかなって」
「……何が?」

青峰の声色が怒気を含みはじめる。しかし、リコはそんな彼の様子になど気付かず、そわそわと視線を泳がせた。

「あ、青峰くん好みの女の人は……他にも、いるんじゃないのかなって。アメリカに行けば、胸が大きい人なんかたくさんいるだろうし……」
「……」
「それに……女を知る、っていうの?一人の特定の女だけでいいのかなって……」
「リコさんは浮気大歓迎なんすねー」

青峰の口から聞き慣れない敬語が飛び出し、リコはぎょっとする。

「あ、青峰くん……?」
「あーあ、やっぱ一人でもアメリカに行くかー。そんで、おっぱいのでけえ姉ちゃんとあんなことやこんなことしたりするかー」

あからさまに大きな声を発しながら、彼はリコに背を向けて歩きだした。
彼の背中を追いかけようとするも、リコの足は動かない。

「……そっかぁ……」

小さな声で呟いて、空を仰ぐ。
ひらひらと舞い降りてくる白い雪を眺め、ふうと息を吐いた。

「……アメリカは、やっぱり遠いわよね……」

口に出た言葉に自分が驚いてしまった。
日本とアメリカ。
――もし、彼が一人で行ってしまうなら、私はどうなってしまうのだろう。
そんなことを考え、ぼんやりと空を眺めていたら、視界にひょっこりと青峰が現れた。

「きゃあっ!?」

冗談抜きで驚き、一歩後ろへと飛び跳ねる。

「ああああ青峰くんっ!?」
「おい、リコ」

改まった口調の青峰に、リコは目をぱちくりさせる。
青峰はリコがそうしていたように空を仰いでみせた。

「そろそろソレ、やめてくれね?」
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