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□それはきっと君の名前。
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好きなこと、育成ゲーム。


好きな食べ物、セロリ。





嫌いな色、青。



「よお、リコ」
「……げ」








それはきっと君の名前。







言わずもがな、私は少々この男が苦手だ。
苦手、というより、接し方がわからないというか。

「おい、話聞いてんのかよ」
「んなっ!?」

突如目の前に現れたその男を眺めていたら、ふに、と胸を触られた。というより、掴まれた。

「アンタ、前より胸大きくなったんじゃねーの?」

にやにやと笑いながら彼――青峰くんは私の顔を覗き込んでくる。

「青峰てめーふざけんなっ!!」

瞬間、日向くんの怒声が響いたかと思えば、ボールを手にしていたみんなが一斉に青峰くんに向かってボールを投げつけ始めた。……おいおい、雪合戦じゃないんだから。
なんて思ってしまったが、彼らの助けがなければ私は青峰くんに胸を…………うん、みんなありがとう。
ボールが青峰くんに投げつけられる寸前、私は腕を誰かに引っ張られたおかげで目にも止まらぬ速さで駆け抜けていくボールたちの餌食にならないで済んだ。

「大丈夫ですか、カントク」
「……全然。でも、ありがとう」

心配そうに私の顔を覗き込む黒子くんに、なんとか声を振り絞って答えると、彼は珍しく眉間に皺を寄せた。

「青峰くんにイグナイトかましてきます」
「……お願いするわ」

ギャーギャーと私の背後から聞こえてくる喧しい声たち。
一日の部活終了まであと数十分、というときのなんともいえない出来事だった。
そう、青峰くんが誠凛の体育館にやってきたのは。

何度も言うが、私はこの男が苦手である。苦手というより、接し方がわからないというか。
距離感が上手く掴めずにいるというべきなのか。それらを踏まえて簡単に説明すると、苦手、というわけになるのだ。
彼がここへやってくるのは今日が初めてではない。
最近、やたら来るようになったのだ。
始めは黒子くんに用があると思っていたのだが、どうやら違うらしい。私を見つけては何かと口を挟んでくる。
どうして彼が私に突っかかってくるのかわからないし、はっきり言ってしつこい。
先月は家まで後をつけられたり(たまたま一緒に帰ってた日向くんと伊月くんのお陰で特に何もなかったけど)、この間なんて今日みたいに体育館に現れたと思ったら何の拍子もなく羽交い締めにされたり(たまたま傍にいた火神くんと一年生トリオのお陰で事無きは得たけど)、彼の行動は私の常識を優に越しているのだ。
正直、ついていけない。
むしろ、彼に対して恐怖すら覚えてしまう。
そんな毎日。

「カントクは懐かれやすいなあ」

いつの間にか隣に来ていた鉄平が放心気味の私に声をかける。
顔を上げると、にこにこと笑顔を振りまく鉄平と目が合った。

「感心感心」

ぽんぽんと私の頭を撫でてくる鉄平の手を振り払い、無我夢中で彼の胸元を掴みにかかる。

「人の気も知らないで呑気にそんなこと言うなあ!!私がどれだけ苦労してると思ってるのよお!」
「ごめん、リコ。首、首絞まってるから」
「そーだぜ?リコ」

背後から聞こえてきた声にはっとした。
振り向く前、肩に腕が回ってくる。

「そんなに怒ってっと、顔の皺が増えちまうぞ?」

互いの頬と頬が触れ合ってしまいそうな距離。そこに、青峰くんがいる。

「ギャー!!?」
「ざっけんな青峰え!!」

すぐさま火神くんが飛んできてくれて、私から青峰くんを引き剥がしてくれた。

「カントク大丈夫か!?」

同じく私の元へ飛ぶように駆けつけてくれた日向くんが、私を背後に回してくれる。
ありがたい。本当にありがたい。

「……青峰くん」

しかし、こんなにみんなに迷惑をかけてまで、ずっと黙っている私ではない。私にだって、我慢の限界というものがあるのだ。
バスケ部の監督として、私は彼をどうにかしなければならない。

「本当になんなの?お願いだから部活中には来ないで、本当に」

彼が来なければ、部活が終わるまであと数十分、みんなは練習を続けられたというのに。あと数十分も、練習ができたというのに。

「おい、リ――」
「私はあんたに構ってる時間なんてないのよ」

彼の言葉を遮るように、ぴしゃりと言い放った。
私より数倍背の高い彼を見上げ、キッと睨みつける。

「もう二度と私の目の前に現れないで。私、青色が大っ嫌いなの」

強く言い切った私の声が体育館に響き渡った。
どれくらい時間が経ったのだろう。いや、実際はそんなに長くなかったのかもしれない。
誰かの手から落ちたボールが、大きな音を立てて地面を転がっていく。

「……はっ、俺の存在自体否定かよ」

青峰くんが私を見る。彼の目を見て、驚いた。彼はひどく冷たい、寂しげな目をしているようだったから。
声をかける間もなく……もとから声なんてかけるつもりはなかったけど。くるりと背を向けた青峰くんが体育館を去っていく。
重々しい空気が漂いはじめてしまった体育館。それを打ち消すように、私はわざとらしく手を叩いた。
パンパンと鳴り響いた音に、みんながはっとして私に視線を向ける。

「何ぼさっとしてんのよ。さっさと後片付けしなさい!!」

時間ないわよ、と注意すれば、ようやくみんなは動き始めた。

「カントク」
「なに?伊月くん」
「いや、さっきの。大丈夫?」

さっきの。青峰くんに触られたことだろうか。

「ほんっとなんなのかしらあいつ!ベタベタと触ってきて……」
「あーそのことには関しては俺もちゃんと青峰に言っておくから。てか、殴っておくから」

そうじゃなくてさ、と伊月くんは続ける。

「さっき、青峰を叱ってくれたでしょ?」

――ああ、そっちか。
私はため息をつく。

「ああでも言わないと出ていかないでしょ?あーもう!あいつのせいでみんなの練習時間が減っちゃったじゃない!!イライラするー!!」

拳を握りしめ、メラメラと怒りの炎を燃やす私に、伊月くんはぷっと吹き出した。なによ、と口を尖らせながら彼を見上げれば、彼は微笑みながら私の髪をそっと撫でる。

「俺らの為に怒ってくれて嬉しかった。ありがとう」
「あー!!伊月がカントクとイチャイチャしてるー!!」

ボールを拾い集めていた小金井くんが伊月くんを指差して大声を上げた。
伊月てめえちょっと来いや、と日向くんも登場し、またしても騒がしくなりつつあるこの場に、思わず呆れたため息をついてしまう。

「うっさいわよ、あんたたち……」

そう言いかけたとき、ふいに青峰くんが脳裏を過った。

――私、青色が大っ嫌いなの。

咄嗟に口にしてしまった言葉。別に、嘘をついたわけではない。本音、といえば本音だ。
私は青色が好きではない。理由は、特にないけれど。
最近、青峰くんがやけに突っかかってくるから、そう思うようになってしまったのかもしれない。多分、そうだ。そういうことにしてしまおう……でも。
胸がモヤモヤするのはなぜだろうか。
青色が嫌い、と言った直後の彼の表情が忘れられない。

(……少し、言い過ぎたかしら)

不安が私を襲うけど、でも、私にはまだわからないことがある。
青峰くんは私をからかいに、悪く言えば貶しに来るのだ。そんな相手に嫌いと言われて、どうしてあんなに寂しそうな表情をするのだろうか。

「……意味わかんない」
「カントクが鈍感でよかったです」
「うおっ!?」

気付けば、私の目の前に黒子くんが立っていた。
吸い込まれそうな淡い水色の瞳で私を見つめる。

「ど、鈍感ってどういうことよ?」
「すみません、言い方を間違えました。カントクが天然でよかったです」

――ますます意味がわからない。

「黒子く、」
「おーい黒子ー」
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