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□それはきっと君の名前。
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私の声は、遠くの方から飛んできた土田くんの声によって掻き消されてしまった。
「二号そこにいるかー?」
「二号、ですか?いませんけど……」
黒子くんにつられ、私も辺りを見渡す。我らバスケ部のアイドル、テツヤ二号の姿はどこにもない。
「二号がどうかしたのー?」
黒子くんの代わりに、私が声を張り上げて土田くんに問いかける。
私たちのやりとりを聞いていたのか、体育館に散らばって片付けをしている日向くんたちがそれぞれ顔を見合わせはじめた。
「部室にいないから黒子のところにいるかと思ったんだけど……困ったなあ」
私は時計を見やる。……確かに困った。もうすぐ校門が閉められてしまう時間だ。
私は体育館の外に向かいながらみんなに指示を出す。
「自分の片付けが終わった人は二号探して!こら、バカ神!あんたもよ!!」
「……二号ー。二号いるー?」
夜の学校で、バスケ部員が総出で二号を探すなんて、いやもしかしたらこういうことが一度は起きるんじゃないかなとは思っていたんだけど。
「まさか本当にいなくなるなんて……」
思わず、はあ、と息を吐く。
二号は部活中、私たちの元から離れたことがなかった。離れたとしても、誰かが声をかければ愛らしく尻尾を振ってすぐに駆け寄ってきてくれるのに。
「どこ行っちゃったのよぉ……」
とぼとぼと歩き回って、ふと足を止めた。
――体育倉庫が、開いてる……?
夜遅くにもなると、活動中の部活動は限られてくる。運動部ならバスケ部か野球部、サッカー部だ。バスケ部は体育倉庫の道具を借りることは滅多にない。だとしたら使っているのは残りの部となるのだが、冬の時期の今、野球部はシーズンオフのはず。遅くまで練習はしていないはずだ。
だとしたら、サッカー部ということになるのだが。
まあ、どの部活にしろ、ちゃんと後片付けはしろってことなんだけど。
扉が開けっ放しの体育倉庫に近づき、思わず足を止める。
「……二号?」
扉に手をかけ、そっと中を覗き込む。
暗闇と寒さ。そして、思っていた以上に狭い空間。
うっと後ずさってしまった。
「に、二号いるの……?」
呼びかけに反応したのか、中からカタッと物音がした。ごくりと息を飲み込む。
(ひゅ、日向くんたちを呼んで来ようかしら……でっでも、扉を開けっ放しにしとけば……)
思い止まった結果、私はスーハーと大きく深呼吸する。そして、よし、と気合いを入れた。
いよいよ私は、暗闇の中へと足を踏み出した。
彼女から放たれた一言。彼の心の奥深くに突き刺さった、あの一言。
――――だがしかし。
たったの一言であの青峰が引き下がるわけがないのだった。
体育館を後にした青峰は、冬の凍てつく寒さの中、部活を終え、体育館から出てくるであろうリコにどのような奇襲をかけようか考えていた。
青峰は寒さから逃れるように自分の両腕を擦る。
青峰がそこまでしてリコにつきまとう理由。それはやはり、リコに淡い恋心を抱いているからだ。
ただ好き、なのに最近どうも上手くいかない、と彼は思う。
もちろん、原因は完全に青峰による猛烈なアタック、つまり青峰自身にあるわけなのだが、当の本人はその事実に気付いているのか、いないのか。
とはいえ、気付いているとしても、彼はリコに会いに来るのをやめないだろう。
会って、話して、触れたいと感じるほどに、青峰はリコが好きなのだ。
納得がいかないのは、リコに会いに来るたびに誠凛のメンバーに邪魔をされること。
(……あ)
時間潰しをするため、何気なく辺りをふらついていた青峰は、ふと何かを見つける。
扉の開いた体育倉庫。
その前に佇む、バスケユニフォームを着た、小さな犬。
「お前何してんだ?」
倉庫の中を覗き込むテツヤ二号の隣にやってきた青峰は、そのまま彼と並ぶようにしゃがみ込む。
(コイツ……確かテツの、)
青峰に気付いた二号は彼を見上げるとパタパタと尻尾を振る。
青峰は先ほどまで二号がそうしていたように倉庫の中を覗き込んだ。途端、思わず、おっと歓喜に満ちた声を上げてしまった。
暗闇の中、青峰が捉えた人影は、彼が何よりも待ち望んでいたリコの姿だったのだ。
「でかした、犬っころ」
テツヤ二号の頭をわしゃわしゃと撫でてから、二号をこの場から遠ざけようと手を振る。
「こっからは大人の時間だ。ガキはさっさと帰るんだな」
青峰の言うことを聞いたのか、テツヤ二号は首をこてんと傾けたあと、駆け足でその場を離れていく。
「さて……と」
いまだ青峰の気配に気付くことのないリコは、体育倉庫の中でいるはずのないテツヤ二号の姿を探している最中である。
青峰は人知れず、舌舐りをしてみせた。
「……二号ー?いるのー?」
リコは恐々と物音がした方へ近づく。
呼びかけに返答はない。物音がしたのは気のせいだろうか。
首を傾げ、体育倉庫から引き返そうとした、その時だった。
「フニャア!!!」
「きゃあっ!?」
突然飛び出してきた一つの影。
その影がどこからか迷い込んできてしまったのだろう野良猫だと気付いたときには、野良猫はすでに体育倉庫から飛び出していってしまった。
「……ね……こ?」
思わぬ野良猫の登場に、リコは唖然とした様子で立ち尽くす。
「ぶっ……はははっ!!!」
背後から大きな笑い声が飛んできた。リコはびくりと肩を大きく揺らしながら勢いよく振り返る。
お腹を抱えて笑う青峰に、リコは目を丸くさせた。青峰がここにいることに驚いたのだ。
「なっ……あおっ」
「はー笑った笑った。まじ腹いてー……アンタでもキャッとか言うんだな!」
終始ニヤニヤとした表情で話し続ける青峰に、リコは恥ずかしさと怒りで顔を一気に赤くさせていく。
「みっ……見てたのね!?最っ低!」
「あー?たまたまだっつーの。だいたい、こんなとこで何してんだよ?」
「別に何だっていいでしょ!?あんたには関係ない!!」
リコは眉間に皺を寄せ、むっとした顔つきで扉の傍に立っている青峰の横を通り過ぎようとする。が、それは青峰の浅黒い手によって引き止められてしまう。
「……なによ?」
「アンタと最近全然二人きりになれねーから、ちょうどいいと思って」
「何がちょうどいい……っ!?」
言い終わらないうちに、ドンッとリコの体が体育倉庫の奥へと押し戻された。
よろよろと後ろによろめいたリコは、足元のマットに踵がぶつかり、そのままマットへ尻餅をついてしまった。
「ちょっと!いきなり何すん、」
「バーカ。ちょっとは静かにしろ」
青峰の大きな手の平がリコの小さな口を覆う。いつの間に扉を閉めたのだろう。視界が真っ暗になり、目の前にいる青峰の姿すらよく見えない。
頭の中が混乱に陥る中、リコは手をばたつかせ、自分の口を塞いでいる青峰の腕を掴んだ。