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□それはきっと君の名前。
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――やばい。どうしよう、どうしよう……!

心臓がドクドクと激しく音を鳴らし、リコの華奢な体を打ちつける。
彼女の異常な焦りは、青峰が至近距離にいるからでもなく、彼に襲われそうになっているからでもない。
もっと他に、理由があるのだ。

「……リコ?」

彼女の異変に、ようやく青峰が気付く。彼が訝しげるように首を傾げた、その時だった。

「――あれ、鍵が開いてるじゃないか」

外から聞こえてきた声に二人の動きが止まる。

「おいおいまじかよ……ったく、どこの部活だあ?明日呼び出さんと」

見回りの先生たちの声だ、とリコは直感した。

「さて、と……次は体育館に行きますか」

一人の男性教師がそう言い終えた直後、ガチャリと金属音が体育倉庫の中に響き渡る。
その音に、嫌な予感がした。

「っやべ……!」

すぐさま青峰が立ち上がり、扉の元へ駆け寄った。扉に手をかけてみるも、びくとも動かない。
鍵をかけられてしまったのだ。
内側から鍵を開けられるか手元を探ってみるが、残念なことに中から鍵を開けることはできないようである。

「あー……わりい、鍵かけられちまった」

謝罪を口にする青峰だったが、密室にリコと二人きり、という状況に心なしか笑みを浮かべていた。
口角を上げながら振り返った青峰は――――息を飲み、目を丸くさせた。

「……リコ?」

暗闇に包まれていた体育倉庫に、天井近くにある窓から月明かりが差し込んできた。雲の切れ間から月が顔を覗かせたのだろう。
その月明かりは偶然にも、マットの上に座り込んでいるリコの元へと降り注いだ。
暗闇に目が慣れ始め、さらに月明かりが加わったことにより、リコの姿をはっきり捉えることができる。
月明かりに照らされた彼女。

リコは、自分の両耳を塞ぎ、ガタガタと震えていたのだ。

「リ、」
「わっ……私っ、とじっ……閉じ込められっ、」

リコの息遣いが荒くなる。そのためか、声が途切れ途切れになり、呼吸をするのでさえ苦しそうだ。
リコの口からヒューヒューと息が漏れる音が聞こえてきた瞬間、青峰は我に返った。

「リコ!?」

お腹を抱えるように上体を倒していたリコは、青峰が自分の傍に来てくれたことに気が付き、ゆっくりと伏せていた顔を上げる。
彼女の瞳からは、涙が溢れていた。

「あおっ……あおみねくんっ……」

今まで聞いたことのない、弱弱しい彼女の声色に戸惑いつつも、青峰は彼女の背中に手を伸ばし、そっと触れた。
青峰は、リコが何に苦しんでいるのかわからなかった。ただ、何かに怯え、泣きじゃくる彼女を放っておくことなんてできるはずがない。
落ち着かせようと彼女の背中をさする。
声をかけたい。でも、なんて声をかけたらいいのか。
いつもだったら相手の反応などお構いなしに声をかけることも、触れることもできるというのに。

どうして、今の彼女には何もすることができないのだろう。


「ごめっ……ごめんねっ……」

ふいに、リコの口から言葉が漏れた。彼女を見やれば、彼女は頬に涙を伝わらせながら青峰を見上げている。

「……なんで、アンタが謝るんだよ」
「だ、って……急に、泣く、から、迷惑だと……」
「ばーか」

青峰はため息を一つ吐き出してから、リコの背中に腕を回した。
包み込むように彼女を胸元に収める。
リコは驚いたものの、抵抗はせず、しかしどうしたらいいのかわからず体を硬直させた。
青峰の腕にしがみつくように、ぎゅっと彼の服を握り締める。
そして、震える唇を噛み締め、口を開いた。

「わ、私……閉所恐怖症なの……」


――ヘイショキョウフショウ?


リコの口から思わぬ発言が飛び出し、思考が停止する青峰。
しかし、腕の中にいる彼女が小刻みに震えていることに気が付くと、彼女の小さな肩に手を伸ばす。

「ヘイショ……恐怖症?なんだそれ」
「せ……狭いとこ、とか、部屋に閉じ込められ、ると……苦しくなって……」

――だからここに閉じ込められたとき、あんなに動揺していたのか。

と、リコが取り乱す理由がわかったのだが、果たしてこの状況をどうするべきなのか、と青峰は思う。
体育倉庫の窓は小さくて人が通るのは無理そうだし、携帯は……ああ、そうだ、ゲームしまくってたら電源切れたんだ。青峰はため息をつく。

「ごめっ……」
「あー?」
「迷惑、かけて……!」

青峰のため息に反応したのだろう。
アホか、と青峰はリコの頭を撫でた。

「迷惑じゃねーよ。つーか、悪かったな。アンタがヘイショ恐怖症っつーやつだったって知らなかった」

青峰は小さな声でそう口にすると、よいしょ、とリコの体を抱き上げ、自分の太腿の上に座り直させる。

「……落ち着いたか?」

そう言ってリコの顔を覗き込むが、彼女の顔色は優れていない。たくさん泣いているからか、何度もしゃくり上げている。

「まだ、怖いか?」

尋ねると、リコは微かに頷いてみせた。
青峰は少し考え、何気なくポケットに手を突っ込む。指の先に何かが当たった。

「リコ」

青峰はリコの名を呼ぶ。

「これやるから泣きやめ」

青峰はポケットから取り出したものをリコに差し出した。
五百円玉である。
苦しそうな表情を浮かべていたリコは、青峰から差し出されたものに目をやるなり、面食らった表情を浮かべた。
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