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□揺れるリボンに恋をして
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リコが目をぱちくりさせながら振り向くその前に。
花宮は慣れた手つきでリコの顎を掴み、自分の方へ引き寄せた。
「――アンタが珍しい頭してるから拝みにきてやったんだよ」
不敵な笑みを浮かべながらリコを見下ろす花宮。
頭、というよりも、それはリコの髪型にあった。
一年前よりも伸びた彼女の髪は、今日は珍しく可愛らしいオレンジ色のリボンが付いたヘアゴムで二つ結びにされていたのだ。
耳の下で結ばれている髪は、ぴょんと飛び跳ねているようでなんとも愛らしい。
厳しくて強気なイメージの強い彼女のいつもとは違うその姿に花宮は自然と口角が上がっていくのを感じていた。
「はっ、似合わねーの」
「うっさいわね。あんたに好かれようと思って結んでるわけじゃないのよ!」
「……じゃあ誰にだよ?」
不機嫌そうに花宮の眉間に皺が寄る。リコは彼の手に包まれながらも、うっと狼狽えながら顔を逸らす。
「や、あの、それは……」
「んだよ」
「……特に、見せたい相手はいない、です」
たまにはいいかなーって思っただけよ、とリコはほんのりと頬を赤く染めながら口にした。
素直に本心を言う彼女に、彼の表情は険しいものから綻びへと変わっていく。
「ふーん」
「なっなによ!ていうか、さっさと手を離しなさいっ!」
自分の置かれている状況に我に返ったリコは、慌てて花宮から距離をとろうとした。
ところが、彼は離れていくどころか、一層に顔を近付けてきたのだ。
「前言撤回」
そう口にして、花宮はくいっとリコの顎を上に向かせる。
「わりと似合ってんじゃね、それ」
えっ、と徐々に近付いてくる花宮を呆気にとられたように眺めるリコ。
花宮に触れられている部分が熱くなりだした、その時だった。
「――それはダメだ」
頭上から声が降りかかってきたかと思えば、リコの顎を掴む花宮の腕に手刀が入る。
驚いて顔を上げれば、トレイにハンバーガーとアップルパイを乗せた木吉がにこにこと笑みを浮かべながら立っているではないか。
「てててて鉄平!?」
「……ちっ」
花宮はぱっと手を離し、軽く舌打ちをする。
木吉は相変わらずにこにこと笑みを張り付けながら席に座った。
「わっ、私、ちょっとお手洗いに行ってくるから!」
「おー」
木吉と入れ替わるようにリコが席を立つ。
逃げるように席から離れていくリコの後ろ姿が見えなくなると、木吉はようやく花宮に目を向けた。
目の前にいる花宮は何食わぬ顔でストローを啜っている。
「あんまり、リコにちょっかいは出すなよ?」
表情は穏やかなものの、その声色にはどこか鋭さがあった。それに気が付きながらも、花宮は気付かぬ振りをする。
「だったら俺なんて誘うんじゃねーよ」
「んー花宮にリコと仲の良いとこを見せつけようと思ってな」
さらりと零れ出た発言に、花宮の動きが止まる。
木吉は花宮をまっすぐ見つめていた。その瞳には底知れぬ闘志がある。その瞳の強さには気付かぬ振りができず、花宮はとうとうため息をついた。
「まっ、それは冗談だ」
にかっと笑う木吉に、油断できねー奴、と花宮は心の中でつぶやく。
「お前、俺と関わらない方がいいんじゃねーの?」
ガラス越しの外に目を向けながら、花宮はそう言った。
リコが帰ってくるのを待っているのか、手つかずのハンバーガーに目を落としていた木吉が顔を上げる。
花宮は木吉に顔を向けようとしないまま口を開いた。
「アンタのとこの監督さん、俺のことだいぶ嫌いみたいだし」
「リコはリコだろ?俺は俺だ」
木吉のその言葉に、花宮は彼に顔を向ける。
「それぐらい、リコだってわかってるさ。それに、リコはお前のことそこまで嫌いじゃないと思うぞ?」
「……そこまでってなんだよ」
「上手く言えないが、好かれてもいないと思う」
――真顔でなんてことを言うんだ、この野郎。
なんて、そんなことを思いながら、花宮は頬杖をついた。
そして、ふいに思い出す。
つい先ほど、彼女に尋ねられた、あの一言。
――用事とか、あったでしょうに。
リコは、花宮に帰れとは口にしなかった。
たとえ心の中で思っていたとしても、花宮が自分と同じ空間にいることを拒もうとはしなかった。
木吉がそれでいいならそれでいいのだと、確かにそう言っていた。
「リコは本気で嫌だったら、嫌な相手に自分から話しかけることなんてしないさ」
「……大した自信だな」
「俺はリコの生き方が好きだからな」
そう言って、木吉は笑う。
「リコはいい女だろ?」