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□最愛プロポーズ
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頼もしいエースだった。
誠凛高校バスケ部にとって、彼はなくてはならない存在だった。
その大きな背中、どこまでもまっすぐな強い眼差し。
バスケが大好きな君に、恋をした。
それはまるで、初恋のような淡い感情。

その感情が実を結び、花を咲かすなんて、一体誰が想像できただろうか。



「――火神くん」

僅かに声がかすれてしまった。
スウェット姿でベッドに腰をかけていた火神は顔を上げ、バスルームから姿を現したリコに目を向けると、どこか可笑しそうに笑う。

「なんすか、火神くんって。カントクも"火神"だろ?」
「……君だって私のことカントク呼びじゃない」

少しむっとして答えれば、火神ははっと口元を覆い、顔を赤らめた。そんな彼の姿に、今度はリコが笑みを零してしまう。

「隣、行ってもいい?」

淡いピンク色のパジャマに身を包んだ彼女を見つめてから、火神はこくんと首を縦に振った。
彼の傍に近寄りながら、濡れた髪から滴る水滴を肩に掛けているバスタオルで拭えば、風邪ひくからちゃんと拭け、です、と彼からご指摘される。
相変わらずたどたどしい彼の敬語にリコは苦笑した。

高校時代から変わることのない自分に対する彼の口調。とはいえ、リコ自身も彼に対する口調は高校から何一つ変わっていないのだが。
お互いがまだ高校生だったころ。リコは火神に告白された。それはリコたち上級生が誠凛高校を旅立っていく、卒業式当日のことだった。
――ずっと好きでした。彼にそう言われたあの日のことを、リコは一度も忘れたことがない。
それから二人の交際が始まり、ついに先日、めでたくゴールインという形を迎えることができたのだ。

火神の隣に座れば、すぐさま彼の腕が伸びてくる。
リコの小さな体を抱き寄せれば、彼は愛しそうに擦り寄ってきた。リコはああもう、と不満を洩らすも、その口元は優しく笑みを浮かべていた。

「俺、まだ実感が湧かないっす」
「実感?」
「これから、カントクとずっと一緒にいられるってこと」
「……何よ、今までもずっと一緒にいたじゃない」
「そうっすけど、そうじゃなくて。やっとカントクの隣を確保できたっていうか」
「じゃあ今まで何だったのよ?」
「……予約?」

なにそれ、とリコは笑う。
彼に寄りかかりながらバスタオルで髪を拭けば、右手を彼に掴まれた。顔を上げれば、ほんのりと頬を赤らめている彼と目が合う。
急にどうしたのかと疑問を浮かべるが、リコは何かを思い出したかのように唐突に左手を掲げてみせた。

「お揃い!」

リコは満面な笑みで火神を見上げた。きらりと光る、彼女の左手の薬指に填められた結婚指輪。火神の左手に目を向けてみれば、彼女と同じ、シルバーの指輪が填められている。
えへへ、とあどけなく笑うリコの笑みに、火神の胸がきゅんとした。

――ああ、そうだ。俺は彼女のそういうところが好きなんだ。

「……カントクさ、別に服着てこなくてもよかったんじゃないすか?」

火神の意味ありげな発言に、リコの顔が赤く染まる。

「な、何言って、」
「どうせすぐ脱がすし。だって、今日って新婚初夜っていう、」
「ああああんたはそんな日本語どこで覚えてきたのよ!?」

口をぱくぱくさせるリコに、秘密、と言葉を残して火神は口づけを落とす。
急に口を塞がれ、リコはぎゅっと火神の服を握りしめた。その姿すら可愛いと思いつつ、啄むようなキスを何度も繰り返す。
ようやく口を離したかと思えば、火神はリコに向かって前屈みになり、ゆっくりとリコの体を押し倒そうとした。

「かっ火神くん……」
「なんすか?」
「髪、乾かしてない」
「へーきっすよ。どうせすぐ濡れるし」
「濡っ……!?風邪ひくからどうたらこうたら言ってたのあんたでしょ!?」
「いや、だってもう待てないし」

そう言う彼の瞳は熱っぽく、見つめられるだけでリコの鼓動は速さを増してしまう。
完全に横になってしまったリコは、火神の胸元を掴み、ぷいっとそっぽ向いた。

「……ばか」
「カントク、可愛い」
「…………名前で呼んで……」
「……リコ、さん」

可愛い、と火神はもう一度口にしてから、リコの首筋に舌を這わせた。

「ひゃっ……か、がみ、くんっ」
「リコさんも名前、呼んで」
「……わ、私はいいのよ。は、恥ずかしいし」
「はあ?なんだよ、それ」
「…………気が向いたら呼んであげる、から、その、」


――電気、消して……?


儚げな彼女の声が部屋に響き渡る。
明るいのが苦手なのはいつになっても変わらないようだ。火神はリコの頭を一撫でしてから部屋の電気を消すために立ち上がった。
ぺたん、ぺたんという足音だけがやけに静寂に包まれる部屋に反響していく。
パチンと音を鳴らしてスイッチを押せば、部屋の明かりが消えた。
暗くなった部屋を一通り見渡してから、火神は再びベッドへ戻るため歩き出す。
元々、火神が一人で暮らしていた部屋だ。暗闇に包まれても躊躇うことなく歩くことができる。
リコが待つベッドに辿り着けば、ぎしりとベッドが軋んだ。その音にリコが体をびくりと震わしたのがわかった。
いちいち可愛いな、なんて思いながら彼女の真上にやってきて両手両膝をつけば、彼女は彼に向かってまっすぐ手を伸ばしてくる。

「……今日はやけに甘えてくんのな」
「たまにはいいでしょ?」
「いや、毎日でもいいくらいなんだけど」
「それはだめよ」

――ドキドキしちゃって私の心臓が持たないもの。

「……それ、殺し文句っす」
「それはどーも」

ふふっ、と笑いながら、リコは火神の首元に腕を回した。
彼女に抱き寄せられ、火神は顔を上げる。ふいに目と目が合う。暗闇の中でもはっきりと相手の存在を感じることができた。

「……リコさん、好きだ」
「私も、好きよ」

リコの瞼が閉じる。彼女の頬を撫でながら、待ち望んでいる彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。

「……あの、ね。火神くん」

さあヤるか、と気合を入れた矢先の出来事だった。突然、リコが口を開いたのは。

「ちょっと待ってくれ、カントク。ここで今日はできないなんて言われたら俺の股間はもう、」
「ばかっ股間言うなっ!そうじゃなくて……その……」

口をもごもごさせるリコに顔を近付ける。彼女の口元に耳を寄せれば、遠慮がちな彼女の声が耳に届いた。

「……今日は、私が火神くんを気持ちよくさせたいの」
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