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□嫌いじゃないよ、
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縮まらない距離。
合わない歩幅。
所詮そんなものだ、と私は思う。



予定よりも生徒会の会議が長引いてしまったのは結構な痛手だった。
学校の校門を飛び出すように走り抜けた私は、足早に自分の家である相田スポーツジムへと向かう。
今日のバスケ部の練習は学校の体育館ではなく、スポーツジムでの基礎練習だ。本当なら学校の授業が終わり次第、すぐにでもジムに行きたかったのだが、急遽生徒会の会議が入ってしまったのなら仕方がない。副会長として、会議をサボることはあってはならないこと。
練習メニューは予め日向くんに渡しておいたから練習に支障は出ないものの、監督として部活はなるべく休みたくはないし、何より私がいないジムにみんなだけっていうのがすごく気にかかるというのが実際の本音になるだろう。
だって、パパ、なんでかみんなを見るときの目が怖いんだもの。
会議の内容をまとめ、会長の雑談をカットし、ようやく今、ジムへと向かってはいるんだけど。
歩きながら鞄を漁り、携帯を取り出して時間を確認した私は、思わずぎょっと肩を跳ね上がらせてしまった。
このまま行っても、練習が終わるか終らないかのギリギリになってしまう時間帯。とはいえ、自分の家に帰らなくてはいけないからどっちみちジムには向かわなければいけないのだが、できることならば間に合ってほしいと切に思う。
とりあえず、日向くんに連絡を入れようと電話帳から彼の電話番号を引っ張り出し、発信ボタンを押そうとした――――のだが。
横目で捉えた何かに気をとられ、その手が止まってしまった。
目についたのは、なんてことのない路地。普段なら見向きもすることなく通り過ぎるはずの路地だ。それが今日、もとい今。私が目を向けてしまったのは、男の低い呻き声と、物と物がぶつかる衝撃音が路地から聞こえてきたからである。
何気なく目を向けてしまったことを、私はひどく後悔した。

「……あ?何、こんだけしか金持ってねーの?シケてんなあ」

路地から聞こえてきたのは、背筋が凍りつくよな、恐ろしく殺気に満ちた声だったと思う。背中に冷や汗が伝っていくのを感じた。
私に背を向けた状態で立っている、制服を着た一人の男子高校生。彼の目の前には、転がるように倒れこんでいる数人の男がいた。
誰しもが傷を負っていて、それは思わず目を逸らしたくなる光景で。でも私が目を逸らさなかったのは、一人佇む彼の驚異的な強さに目を奪われてしまったからなのかもしれない。
それはたったの一言――――凄い。
普段の私だったら、その場に飛び込んで悠々と一人立ち続ける彼に叱咤していただろう。それを忘れてしまうほどに、彼は凄いのだ。
なぜこのような状況が生まれたのかはわからない。もしかしたら、倒れている数人の男たちの方から彼に絡んできたのかもしれないし、逆に彼の方から数人に絡んだのかもしれない。
後者である可能性が低いにしろ、咄嗟に彼を視てしまった私は、その数値に目を疑った。
制服の上からでも背中からでもわかる、彼の非常に高い身体能力。スポーツは確実にやっている体つきをしている。
それはまるで、キセキの世代に匹敵するような――――


……ん?キセキの世代?


下から上へとじっくり見上げて、一瞬、思考が停止した。
他校の制服。後ろから見てもはっきりわかる複数のピアス。人目を引く髪型。そして、にわかに目立つ、灰色の髪色。
あっ、と思わず声を上げてしまった自分の口を慌てて塞ぐ。しかし、声を発したのと同時に私の存在に気付いたのか、ゆっくりと彼が振り返った。
目と目がぶつかった瞬間、私はすぐさま駆け出していた。
なんて馬鹿だ、なんで気付かなかったのだろう。
というより、駆け出してから疑問が過る。
なぜ、私は彼から逃げるようにその場を離れたのか(現在進行形で)。
彼とは特に面識もなかった。おそらく、自分が一方的に知っているだけ。だから、逃げる必要なんてなかったんだ。逃げるよりもするべきことがあったはず。たとえば、人を呼んで倒れている人たちの手当てをするとか。
それでも、先に足が動いてしまったのは、本能的に察知した"危険人物"という注意報と、以前、黒子くんから聞いたことのある人物が、さっきの彼と不思議なほどに綺麗に重なってしまったからだ。


ここまで来れば大丈夫だろうと、私は息を整えながら速度を緩める。
人の顔を見て逃げ出すなんて、無礼極まりないが、私にだって絡みたくない人間はいる。だからこれは仕方がないことだ。そう自分に言い聞かせ、家からだいぶ離れてしまったことに気が付いた私はため息とともに肩を落とした、その時だった。

「おい」

すぐ傍で低い声がした、と思ったら体が勢いよく反転した。
無理矢理後ろを振り向かされた私の目にやむを得ず飛び込んできた人物に、不覚にも小さな叫び声を上げてしまったのは自分でも驚いた。
そこにいたのは、先ほどの彼――もとい、灰崎祥吾くんだったのだ。

「アンタ、なんで俺から逃げた?」

肩に手を回され、半ば肩を組んでいるようなそんな体勢。ちょっと待て、なぜこうなった。

「べべべ別に逃げたつもりじゃ、」
「あぁ?思いっきり顔見て逃げたじゃねーかよ」
「そんなことっ…………あったけど、だいたい、君こそなんで追いかけてきたのよ!?それから早く離れなさいっ!」

灰崎くんを肩から引き剥がした私は、警戒心の固まりを持ったまま彼と向き合った。
私は灰崎くんのバスケが嫌いなわけではない。彼は本当に巧い。さすがキセキの世代と渡り合えていただけのことはある。
なら、私は彼の何に危険信号を鳴らしているのか。それは、性格だ。黒子くんから聞いたことがある彼の中学時代は、相当暴力を振るう人間だったらしい。先ほどの路地での光景も含めれば、今も変わらず喧嘩っ早いであろうことがすぐわかる。
普段から部員にプロレス技を繰り広げている私だが、その実態は平和主義を愛する乙女だ。だから暴力沙汰が絶えない彼とあまり関わりを持ちたくないと思うのは普通なことであって。

「あーなんかアンタ、どっかで見たことあるなーって思ったんだよ」

身を屈めて私の顔を覗き込んでくる彼にびくりと体を震わした。
路地から結構な距離を走ったと思うのに、彼は呼吸一つ乱れていない。さすがスポーツをやっているだけのことはある。
にやにやとしつこく纏ってくる笑顔が気に食わないが。
彼を睨み返していたら、突然彼の瞳が何かを閃いたように、僅かに輝いたような気がした。

「……あ?アンタってテツヤの、」
「いけない、私、用事があるんだった。それじゃあ」

灰崎くんの言葉を遮って、その場から離れようと彼に背を向ける。
が、その行く手を阻むように彼の腕がまたしても私の肩に重くのしかかってきた。さっきよりも遠慮がなく、私の方へもたれかかるようにしてくる。
思いがけない彼の行動に体が強張った。

「まあまあ少し待てって。俺、いま超困ってんだよ」
「お、お金なんて持ってないわよ!?」
「お金じゃねーよ。アンタ、いかにも正義感が強いですって顔してるしよ、ちょっと助けてくんね?俺、すっげー困ってんの」

困っている、と二回ぐらい言われたのだから本当に困っているのだろう。しかし、なんでか嫌な予感しかしない。
っていうか、彼はこんなにも馴れ馴れしい男なのだろうか。私が黒子くんの監督っていうのがバレたから遠慮はないって思っているのであればグーで殴るからな、グーで。
露骨に嫌な顔をして灰崎くんに目を向けたら、彼は心底楽しそうに笑う。

「――アンタは黙ってずっと立ってりゃいいんだよ」
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