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□嫌いじゃないよ、
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――そんなこんなで私は灰崎くんを困りごとから助けるべく彼についていったのだが(むしろ連れていかれたと言った方が正しい)。
とある公園で、私と灰崎くんと、そして、彼が先ほど電話で呼び寄せた今時の女子高生っていう感じの女の子と向かい合うこの状況。
これはまさに――

「……なんでよ祥吾」
「ああ?」
「なんで別れなきゃいけないの!?」


――ただの修羅場じゃねーか!!

私の目の前にいるこの女の子――おそらく灰崎くんの彼女なんだと思うんだけど、なぜ私をこの場に連れてきたんだよ。これが困りごと?ただのリア充じゃない!

「あたしはまだ祥吾が好きだもん!」
「俺はテメーのそういうとこがうぜーんだよ。だから別れたいわけ。つーか、もう飽きたし」
「っ……!っていうか、祥吾の隣にいるその子!!一体何なのよ!!?」

まるで漫画みたいな世界だな、私には到底わからない世界だ、など呆れたように眺めていた私に、女の子の鋭い指先が私を指差す。
……まあ、別れ話に関係のない人がいたら気になるわよね……

「コイツ?俺の彼女」

…………はい?

腕を引っ張られよろめいた私は、慌てて体勢を立て直そうとするも、私の体はあっけなく灰崎くんの腕の中に収められた。

「これが新しい彼女。っつーことでお前とはもうおしまい。じゃーな、二度と俺の前に現れんなよ?」

呆気にとられる女の子を残して、灰崎くんはさらに呆気にとられている私の腕を引っ張って、行くぞ、と低い声で私を促して歩き出す。
彼の歩幅はとても大きい。追いつけなくて何度も転びそうになったが、彼の歩く速さは変わりそうにもない。

「ちょっ……ねえ!一体どういうことよ!?」
「あ?」
「もう……!!」

簡単かつ手短に話された彼の説明はというと、あの女の子と別れたいがために私を使って諦めさせた、ということらしい。
要するに、私は恋人役を買われただけ、ということなのだろう。

「アイツ、まじうぜーんだよ。前から別れたいって言ってんのに全然言うこと聞かねーし。アンタみたいな女でも新しい彼女とでも言えば諦めるだろ?」

――最後の方は聞かなかったことにして。私は彼の発言に怒りが込み上げてくるのを感じていた。
なんなんだ、この男は。どっちからの告白で付き合い始めた関係かは知らないけれど、飽きたからって、新しい彼女ができたからって嘘までついて、相手が傷つくような言葉をたくさん言って。

「……灰崎くん」
「あー?お、アイツ追ってこねーな。さすがにこれで懲りただろ。助かったぜ、誠凛の監督サン」

腕を離され、にいっと笑った彼の顔が近付いてきた瞬間。
バシン、と大きな音を響かせて、思いっきり彼の頬を叩いてやった。
いきなり引っ叩かれて、彼は一瞬呆けたような表情を浮かべたが、それはすぐに獰猛な獣のような表情に変わる。

「てめえ!!いきなり何しやがるんだよ!!」
「ごめん、なんか無性にイライラしちゃって」
「ふざけっ!!」

私の胸元めがけて彼の腕が伸びてくる前に、私は身を翻して彼から逃れることに成功した。

「困りごとは解決したんでしょ?じゃあもう私って必要ないわよね?さようなら」

肩に掛けた鞄を抱えるようにして歩き出す私に、意外にも彼が何もしてこないのが印象的だった。


別にあの女の子に同情したわけじゃない。人としてイラッとしただけだ。……まさかあの灰崎くんを叩いてしまうなんて自分でも思わなかったけど。
そもそも、あんな男のどこがいいのか私には一生解けそうにもない問題だ。
あの女の子も、どうしてあんなに彼に執着しているのやら……

「――ねえ!!」

歩くことに没頭していた私に、鋭く尖ったような声が後ろから突き刺さってきた。
疑問符を浮かべながら振り返って、げっと思わず顔を顰めてしまう。

「ちょっといいかな?」

そこにいたのは、先ほどの灰崎くんの彼女……いや、元恋人の女の子が、脇に数人の女の子を従えて仁王立ちしていたのだ。
彼女のその目を見た瞬間、あーあ面倒くさいことになったなあと誰にも聞こえないようにため息をつく。
彼女の瞳は、嫉妬と怒りで燃えたぎっていたのを、私は確かに感じていた。




「あんた、どこ高?」
「いつから祥吾と付き合ってんのよ」
「祥吾は美衣の彼氏なんだからね!」

数人の女子に囲まれながら、私はとてつもない疲労感に襲われていた。
口々に罵られ、頭はだいぶ混乱している。私はただ、部活に出たいだけなのに。
……こういう恋愛って面倒くさい。

「ちょっと聞いてんの!?」

突然、肩を揺すられ、はっと我に返る。元恋人の美衣という子は相当怒っているらしく、今にも殴りかかってきそうな迫力があった。

「あんた、本当に祥吾と付き合ってんの?」

美衣さんの隣の子が口を挟む。
答えられなくて黙っていれば、さっさと答えろよ、と罵声が放たれた。
さて、どうしたものか。灰崎くんと付き合っているなんて真っ赤な嘘だ。しかし、今ここであれは嘘でしたーなんて言ってしまえば仮に私は解放されるのかもしれないけど、美衣さんの猛アピールが灰崎くんに向けられることになる。
と、そこまで考えて思いとどまった。
いま、私はどうして、彼の心配をしてしまったのだろうか。

「ねえ!あたしは付き合ってるのか付き合ってないのか聞いてんの。どっちか早く答えなさいよ!」

同情するわけではないが、灰崎くんがこの子を嫌になるのもわかる気がする。
こんなことになるなら、灰崎くんのこと叩くんじゃなかったな。

「……付き合ってるって言ったら?」

低めの声で語りかければ、美衣さんが一瞬怯んだのがわかった。

「わ……別れなさいよ」
「どうして?」
「どうしてって、祥吾にふさわしいのはこのあたしだからよ!!あんたみたいな色気ゼロの女のこと、祥吾が好きになるわけないじゃない!!」

――色気ゼロで悪かったな!!

「そもそも、あんたは祥吾のどこを好きになったっていうのよ!?」

追い詰められて、戸惑う。
ぶっちゃけ、私は彼のことなんて好きなわけではないし、何かを知ってるわけでもない。
だから、咄嗟に言葉が出てきたのには、自分が一番驚いた。

「バスケをしてるときが、かっこいいなって」

ありきたりか、なんて思ったら、予想外の返答が返ってきた。

「バスケ?祥吾が?」

周りを見渡せば、誰もが驚いたように目を丸くさせている。
え、ていうか、え、知らないの?

「祥吾がバスケぇ?何それ、似合わねー!!」
「スポーツマンとか最高じゃん!!」

一人が吹き出したのが連鎖して、仕舞いにはその場にいるみんながお腹を抱えて笑い出した。
美衣さんまで笑っている。

「あいつがバスケねえー」
「……彼女のくせに知らなかったの?」

笑いに包まれるその場に私の静かな声が通り抜けていく。すると、辺りは一瞬にして静まり返った。

「……は?」
「灰崎くんの彼女だったんでしょ?それなのに彼がバスケをしてるなんて、知らなかったの?あんた、あいつの何を見てたの?」
「……何この子」
「正直、私はあの人の考えてることはわからないし、すぐ暴力を振るうところなんて大っ嫌い。でも、でもね。バスケをしてるときの彼はなかなか素敵なものがあると思ったけど?」

言い終えてから、あれ、と思う。
だからなんで私はあの人を庇うようなこと言ってるの?
何も知らないのに。
彼のことなんか何も知らないのに。

その時、空気が変わったのがわかった。
不穏な、張り詰めた空気。
顔を上げた瞬間、私の体に衝撃が走った。
彼女の細い腕が、力任せに私の体を吹っ飛ばしたのだ。
思いがけない反撃になす術もなく、コンクリートの地面に倒れこむ。

「あー?なんかこの子むかつくわ。なに祥吾のことならなんでも知ってますみたいな顔してるわけ?祥吾はあたしの彼氏だっつーの」

彼女の声が降り注いでいく中、私はゆっくりと体を起き上がらせた。が、思った以上に体全身が痛くて、すぐに立てそうにはない。

……むかつく。
嘘をついてるのは悪いと思うけど、普通ここまでするか?灰崎くんの性格もどうかしてるって思ったけど、この子もこの子だ。
本当、どうかしてる。

「おい、さっさと立てよ」
「もしかして泣いちゃってんのー?」

美衣さんの周りの子が私を見ては笑う。
援軍を呼ぶくらいなら、自分で大好きな祥吾くんの元に行って愛を叫んでくればいいのに。
あーあ、私、何してんだろう。部活、絶対終わっちゃったじゃない。
彼女たちの声がキンキンして耳鳴りがする。
よし、決めた。
あと十秒経ったら、彼女を引っ叩こう。灰崎くんも叩いてしまったんだ。あと一人叩こうが変わらない。
十、九、八……と心の中で数えながら彼女を見上げると、やけにスローモーションで彼女の腕が伸びてくるのが見えた。



五。

四。

三。

二。
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