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□有終の美を飾る
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隙間から生暖かいものが入り込んできた感触に、リコはびくりと肩を跳ね上がらせた。
緑間は器用にリコの舌を絡めとり、何度も角度を変えて深い口づけを交わす。
地がひっくり返ったかのような眩暈からはだいぶ楽になったものの、今度は彼から与えられる熱量にうなされてしまう。
抵抗できない。むしろ、する気がないのかもしれない。
流されているのか、されていないのか。
そんなことすらも考えることができないほどに、リコは緑間の口づけに瞳を潤ませた。

「……ちょっと相田さーん」

緑間が口を離したのと同時に、いつの間にか二人の真横で事の様子をつまらなそうに眺めていた高尾が声をかける。
リコは息を乱しながら、力なくその場に倒れてしまった。仰向けになったリコは、口の端から伝い落ちていく涎を腕で拭う。高尾の呼びかけに反応できないほど、リコは呼吸をするのに必死な様子だった。

「俺が近付くと嫌そうな顔するくせに、なんで真ちゃんは平気なわけー?」

リコの胸元を掴んで上半身を起き上がらせる。そして、彼女の髪を後ろに引っ張り、ぐいと顔を上に向かせた。
高尾はリコの顔色を窺うと、へえと言葉を洩らす。

「なにその顔。今頃いい感じでお酒が回ってきた感じ?それとも真ちゃんのキスでその気になってきちゃったの?」

違う、と紡ごうとした言葉は高尾の口によって塞がれ、言葉ごと飲み込まれる。
息が整っていないリコは苦しそうに酸素を求めるが、高尾がそれを許すはずもなく。リコは高尾の服を弱弱しく握り締めた。

「……相田さん」

口を離し、とろんとした目で自分を見つめるリコにさらなる欲情が沸いてくる。その高鳴りを押さえつけながら、リコの頬に触れようとしたが、高尾、と自分を制する声によって断たされてしまった。
むっとした表情で顔を上げれば、高尾の目の前――リコの横にいる緑間と目が合った。見ると、彼は自分同様に珍しく膨れっ面のような表情をしているではないか。
怒りは吹っ飛び、思わず吹き出してしまう。

「ちょ!真ちゃんまじ余裕ねー顔!!ぶはっ、初めて見たわ!!」
「うるさいのだよ高尾。そういうお前こそ、随分余裕のない顔をしているのだよ」

その言葉に、高尾はぴたりと笑うのを止める。

「……相手が相手だしねえ」

ぼそりと呟いて、リコに手を伸ばした。
二人の間から逃げようとしていたリコは、きゃあっと小さな悲鳴を上げる。

「ちょっとちょっとどこ行こうとしてるんすかー。悲しいなあ、無視されるなんて」

リコの細い手首を自分の方へ引き寄せてから、力任せに彼女を押し倒した。
突然の衝撃に目を瞑ってしまったリコだったが、すぐさま慌てて目を開ける。瞳に映りこんだのは、他校の生徒であり、バスケ繋がりで親密な仲を築き上げた高尾と緑間の姿だった。
それだというのに。

(……だ、れ……?)

リコはその二人が自分の知らない男であるかのような気がした。
ぐるぐると回る視界。上昇する熱。その先に見えたのは、紛れもない高尾と緑間。
そして――――


「お前ら何勝手に盛り上がってんだよ、轢くぞ」

すぱんすぱんと、なんとも軽快なリズムで乾いた音が響き渡った。
頭を抱える二人の間から見えたその人物に、リコは大きく目を見開く。

「ったあー……ちょ、何するんですかあ宮地先輩」

宮地に叩かれたところを擦りながら、高尾は振り返った。彼を見上げるなり、げっと顔を引き攣らせる。
宮地はにこにこと笑みを浮かべているが、その奥に見えるのは明らかなる怒り。
彼は高尾と緑間の襟首を掴むと、その場からどかすように脇へと押しやる。

「後輩くんよ、ここ誰ん家だと思ってんの?俺ん家だろ?なのに二人して何勝手に先に事を始めようとしてるわけ?ああ?」

二人の間に割って入った宮地は、硬直して体を縮こませているリコの体の上へ跨った。
リコを見下ろしたかと思えば、ぐっと力強く親指で彼女の唇を拭う。
それからリコの後頭部に手を添えて、少し角度を上げた。何をするのか、と問いただそうとしたリコであったが、心のどこかではなんとなく、予想はできていたのだ。
その予想は的中し、宮地は何の躊躇いもなくリコの小さなふっくらとした唇に自分の唇を重ねた。齧りつくようなキスだった。

「っ……!」

ふいに下唇が噛まれた。わざとだ、とリコは痛みに顔を歪めさせながらそう思う。涙を溜めながら宮地を睨んでやれば、彼は彼女の鋭い視線に気が付いて顔を上げる。
しかし、宮地がリコを解放させることはなく、逆に頭に添えていた手を離して、口づけを交わしながら彼女の体をベッドに沈めてしまう。
苦しくて涙を流した。うっすらと滲んだ世界の隅で、高尾が楽しそうに笑っているのが見えた気がした。

「――宮地先輩」

高尾の声が響く。リコはびくりと体を震わした。誰かの手が、自分の足に触れたのだ。
宮地の後ろから聞こえてくる、高尾の声。


「一番余裕なさそうっすね」


強気な発言をする後輩に、宮地はふっと笑みを零し、リコから離れた。絡んでいた舌と舌からどちらのものかわからない透明な糸が引く。
それを満足そうに眺めては、高らかに笑った。


「誰のせいだよ、くそ」
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