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□Good Night
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――これから俺と、セックスしません?

不敵な笑みを作って、彼はそう言った。

――真ちゃんより気持ちいいって思ったら、俺と付き合ってください。

馬鹿なお誘いだ、そう鼻で笑えばよかったのに。

――拒否権はないっすよ。だって、ねえ、カントクさん。

君の髪の色、瞳の色。すべてが色鮮やかに目に映って。
不敵な笑みを作るくせに、触れたらすぐに壊れてしまいそうな、そんな気がした。

――これから暇でしょう?

囁くようにそう口にした彼が差し出してくれた手の平。そこに自分の手の平を重ねて。








私はひどく後悔した。

















Good Night











「休憩とお泊り、どっちにします?」

ぼんやりと立ち尽くしていれば、後ろから高尾に声をかけられた。思わずリコの肩が跳ね上がる。

「……に言ってんのよ。泊まりなわけ、ないでしょ?」

冷静に振る舞ってみせるものの、彼には見透かされているのだろう。
それでも顔を覗き込まれたくなくて、リコは見たくもない部屋の一覧に目を向けた。
初めて入った、所謂ラブホと呼ばれる未知の世界。恋人同士で来るべきはずのところに、どうして自分はこの男と一緒にいるのだろう。そう思うたびに頭を過るのは、恋人である緑間のことだった。
そんなリコの心中を察した高尾は、ふーん、と意味ありげに呟いて、一つの部屋のボタンを押してしまう。
ちょっと待っててください、と高尾はフロントへと向かった。リコは返事をせず、高尾が押した部屋の写真を眺める。
リコが想像していた以上に、どの部屋も可愛らしい部屋や大人な雰囲気を漂わせる部屋ばかりだった。彼が選んだ部屋は、どちらかといえば後者寄りの部屋である。ラブホ=ピンク色の部屋を想像していたリコは少しばかりの衝撃を受けた。
大きなベッドに、柔らかそうな毛布。そこに寝転がったらどれほど気持ちがいいことだろうか。
緑間くんと一緒に横になれたら――そう考えたらなんだか泣けてきた。彼の誘いに乗ってしまったこと、好きでもない男とこのような場所に来てしまったこと。後悔は募っていくばかり。
それだけではない。恋人の緑間に対する罪悪感がリコに重くのしかかってくるのだ。

「カントクさん」

顔を上げて、フロントから鍵を手にして戻ってきた高尾を見やった。リコの表情を見るなり、高尾は困ったように笑う。

「……今更引き返したいなんて、そんなこと聞くわけないでしょう?」

リコは何も言い返さない。言い返せないのだ。
嫌だったら彼の誘いに乗らなければよかっただけの話。本当は嫌なのに、どうして自分は彼の手をとってしまったのだろうか。

「まっ、いろんな男と経験しておくのも悪くないと思いますけど」

高尾はリコから顔を逸らし、自分の居場所を無くして戸惑う彼女の肩を抱くように歩き出す。

「三階だって。エレベーターで行きましょ」

やけに狭いエレベーターだった。二人でしか乗れないようなエレベーター。そりゃラブホですし、と高尾が言う。そっか、とリコはそう答えるものの、自分がどう答えたのかわからなくなるほど、リコはとてつもなく緊張していた。
部屋に辿り着くまで誰にも会いたくなかった。彼と一緒にいるところを誰にも見られたくなかった。たとえそれが、赤の他人であっても。
エレベーターの扉が開く。心臓が張り裂けそうで気持ち悪い。
鍵に記されている部屋の番号を確認して、高尾はこっち、とリコの手を掴んで歩き出した。
たくさんの部屋が並んでいる。この部屋の奥では皆がそういった行為をしていると思うと、リコはやはり、彼についてきてしまったことを悔やむしかなかった。


そもそも、リコは行為自体あまり好きではないのだ。そのような行為をしたのも緑間が初めてで、しかし何回もしているわけでもない。ほんの数回。緑間自身はもっとリコに触れたいと思っているのだろうが、踏みとどまっているのはリコを気遣ってのことだ。
行為が嫌いなわけではない。好きな相手に触れられることは、リコにとっても何よりも幸せなことだった。
ただ単純に恥ずかしいのだ。好きな人の前で裸になることや、自分とは思えないような声を上げてしまうこと。挙げたらきりがないことばかり。
緑間はいつだって、大丈夫ですよ、と優しく微笑んでくれる。リコさんのペースで大丈夫です――いつだってその言葉に甘えてきた。本当は彼が自分を求めてくれていることを知っていたのに。
緑間にならどんな自分でも委ねられると決意していたのに。
十分に彼を満足させてあげられないのに。
どうして自分は今、高尾という男と一緒にいて、そのような行為をしようとしているのだろうか。



「カントクさんは、自分の言葉に責任を持つべきですよ」

部屋に入った途端、彼にそう告げられた。

「俺としてもいいから、ここに来たんでしょう?なら、いつまでもそんな顔するの、やめてくれません?」

後ろでカチャリと鍵を閉める音が聞こえてきた。入り口で立ち止まったままのリコを追い抜いて、高尾が先に部屋の中へ上がる。

「正直、ここで帰るなんて言われたら、ただの蛇の生殺しですけどね」

部屋の鍵をソファーに投げて、高尾が振り返る。彼の表情を見て、リコは深く息を吐いた。

「……帰らないわよ」

やっとわかったわ、と彼女は続ける。

「私が君についてきた理由」

リコは顔を上げて、高尾を見つめた。



「――君に同情したの」
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