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□Good Night
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「力抜いて……大丈夫だから」

彼女の顎を掴んでいた手で、不安そうに怯える彼女を落ち着かせようと彼女の頬を撫でていく。大丈夫、と何度も口にするその言葉に安心したのか、リコは微かに頷かせて、大きく息を吸って吐いた。
息を吐いた直後、リコは下から突き上げられるような圧迫感に襲われた。

「ああああっ……!」
「う、ちょ、リコさん力、抜いて」

高尾が息を漏らす。熱っぽい吐息が肌に当たり、リコはあっ、と小さく声を上げてしまった。
慌てて口を塞ぐ彼女に笑ってしまう。くしゃくしゃと頭を撫でて、彼女の頬に口づけを落とす。

「痛い?奥まで入ってるんだけど」
「だ、いじょうぶ……」
「じゃあ動かしますよ」

こくん、と彼女の首が縦に揺れる。しかし、その表情はまだ不安に満ちていた。緑間と体を重ねたことがあるとはいえ、まだ慣れていないのだろう。
リコの口元に手を持っていこうとすると、彼女は首を横に振った。大丈夫だ、と彼女は言う。さっき、噛んで痛かったでしょ?ごめんね、と続けて彼女は言った。
痛くないよ、君の跡が欲しかっただけ。いいなあ真ちゃん。この人が君の彼女で。どうして、真ちゃんなの?どうして真ちゃんを選んだの?
答えはいまだ聞けないまま。聞くつもりも、たぶん、ないのだろうけど。
すべての想いをぶつけるように腰を揺らす。奥を突くと彼女は裏返ったかのような声を上げて身を彼に委ねた。
それが嬉しくて、高尾は無我夢中になって腰を上下に動かし続ける。
痛がらせないように、気を遣ってしたかったのに、いざその時になると余裕がなくなる。

「リコさんの中、きつくて熱くてすっげー気持ちいいっすよ!」
「あっ!あっ、ひゃっ、そこっ、ああっ……高尾、くんっ!」
「もっと呼んで、俺の名前、呼んで」

言葉を促してあげれば、リコは狂ったかのように彼の名前を連呼した。高尾くん、高尾くん――彼女の口から自分の名前が紡がれるたびに胸がきゅんと締めつけられる。
高尾は身を低くして彼女との距離を縮めた。彼女の中に入った自身がぎゅっと締めつけられて気持ちがいい。思わず息を震わせて、ベッドのシーツを握り締めている彼女の手の平に自分の手を重ねた。
それはごく自然な流れだったと思う。
リコは高尾を拒むことなく、シーツを離して彼の手を握った。そのまま手が開かれて、どちらからもなく互いの指を絡め合う。恋人繋ぎをして、二人は見つめ合った。

「……好きです」
「うん」
「ずっと、好きでした」
「……うん」
「今も、これからも、ずっと好きです」

うん、と言ったきり、彼女はそれ以上は何も言わなかった。言えなかったのだろう。どんな言葉を探しても、彼にかける言葉なんて、どこにもなかったから。
高尾はリコの手を強く握る。
腰を振って、快感を求めた。彼女の喘ぐ声を求めた。彼女のすべてが欲しくて、このまま一緒にいられたらと切に思う。

「リコさん、リコさん」
「た、かおく、んっ」
「気持ちいい……やべえ、すっげー気持ちいい」

目を細めて快感に浸る。自身を引き抜いて、一気に突き上げると、彼女の背中が仰け反った。

「んあっ!そこっ、気持ちいいよぉ……!ああっ」
「ここ?ここが気持ちいいの?」

高尾は堪らずリコの腰を掴んで持ち上げると、座った姿勢になった自分の上へ抱くように座らせた。リコの体を持ち上げて一気に下ろす。結合部分からはぐちょぐちょと卑猥な音が鳴っていた。

「高尾くんっ、ああっ、気持ちいいっ、ああっ!」
「っ……この体勢、気持ちいいわ。リコさん、もっと足開いて」

今度は素直に足を開いた。足の指先をぴんと伸ばして、自らも腰を振るう。乱れた彼女の姿にさらに興奮を覚えた。
口の端から垂れる唾液を舐め取って、キスをする。どちらのものかわからなくなるほどに唾液を交換し合った。もっと、もっと。互いに互いを強請るように、口を開いて、舌を出して絡め合って、高尾は腰を突き上げて、リコは彼の首の後ろに手を回して抱きしめて、そして何度も互いの名前を呼んで。

「リコさん、出る、かもっ」
「ああっ、あっ、あっ」
「中、出したい。リコさんの中にぶちまけたい。出してもいい?」
「あっあっあっ……いいよ、出して……!高尾くん、出してっ」

その甘い誘惑に誘われるように、高尾はリコの体を今にも張り裂けてしまいそうな自身へと突きつけた。
その瞬間、高尾は頭のてっぺんまでに熱が上昇したかのような感覚に陥った。

「出るっ……!」
「あああああっ!!」

リコの中へ、びゅうっと音を立ててすべての欲望を吐き出していくのを感じた。待ち望んでいた射精感。余韻に浸ろうと、リコの体を自身に押しつけたまま、彼女に覆いかぶさってベッドへ体を沈める。

「熱い……熱くて気持ちいいっ、ああっ……!」

高尾の背中に腕を回して抱きついたまま、リコは彼の欲望に満たされていくのを感じて目を閉ざす。熱い液体が奥深くまで注がれていく感覚。

「高尾、くん……」

最後に名前を呼んで、リコは意識を手放した。










「……コさん、リコさん」

彼女の体を揺すって眠りに落ちてしまった彼女を起こす。何度目かの揺すりで、ようやく彼女はうっすらと目を開けた。
焦点の定まらない瞳で俺の姿を探している。

「これ、飲んでください。中出ししちゃったんで、念のため」

そう言って、彼女の口元に錠剤を一粒持っていく。弱弱しく開けた彼女の口の中へ薬を入れてから、ペットボトルの水を自分の口に含んで、口移しで彼女に与えた。ごくん、と喉元が上下に動くのを確認してから口を離す。

「……ありがとう」
「いーえ。眠いんですか?」
「……うん。でも、帰らないと」

寝ぼけたような口調の彼女を見ていると笑みが零れてしまう。ああ、本当に可愛いなあ。
彼女の髪を撫でながら、目をとろんとさせた彼女に問いかけた。

「どうでしたか?真ちゃんより、気持ちよかったですか?」

返事はない。彼女の瞼はすでに閉ざされていた。耳を澄ませば彼女の規則正しい寝息が聞こえてくる。
もう一度、優しく髪を撫でた。
答えなんて、知っていた。最初から、わかっていた。
彼女が、俺を選ぶことはないということを。体を重ねることができても、これは彼女の同情の形なのだ。何度も互いの名前を呼んで、何度も互いを求めたって、彼女はきっと、彼を選んでしまうのだろう。

「……俺の何がいけないんだよ、カントクさん」

リコさん、なんてもう呼べやしない。次に彼女が目を覚ましたときは、先ほどまでの俺らなんてどこにもいない。どこにもいやしないんだ。
ふいに部屋の中に携帯の着信音が鳴り響く。辺りを見渡して、テーブルの上に置いてある彼女の鞄へ目を向けた。
彼女に目をやる。起きる気配はない。
俺はテーブルの元へ向かい、彼女の鞄から携帯を取り出した。着信音はすでに消えていたが、携帯の画面に映し出されたメールと電話の件数に驚いてしまう。
最初に目に入ったのは"パパ"という文字だった。メールを開いてみれば、いつ帰ってくるのか、今どこにいるんだ、と心底心配しているのがよくわかる内容だった。
時間を見れば、気が付かなかった。もう夜を迎えている。知らず知らず笑みを零していた。
――ああ、よかった。休憩じゃなくて、泊まりにしておいて。
俺はメールを打つ。友達の家に泊まることになったから心配しないで、とまあこんなもんでいいだろうみたいな内容のメール。
後はカントクさんになんとかしてもらえばいい。逆らうことはないだろう。だって、俺らはもう共犯者なのだから。
携帯を鞄に戻そうとしたら、またしても携帯が鳴った。さっきとは違う着信音だ。目を向けて、笑みが一瞬にして消えたのが自分でもわかった。
画面に映し出される、一人の男の名前。
あーあ、気分が台無しだ。
こういうときは携帯の電源を切ってしまおう。およそ五秒で解決してしまうこと。

「ごーめんね、真ちゃん」

音が消え、光も消えた彼女の携帯をソファーの上に放り投げる。
彼女が俺を選ばないことぐらい、最初からわかっていたさ。
だから、君を誘った。
同情で誘いに乗ってくれることなんて、初めからお見通し。だって、カントクさんは優しいもんね。それはもう、残酷なまでに。
だから、貴方を誘ったんだ。
どんな形でもいい。貴方に触れることが最大の目的。貴方と体を重ねることができれば、それでいい。
そしたら、ねえ。貴方は口では俺を選ばないなんて言うけれど、体はどう思う?
貴方に俺を刻みつけて、忘れないようにしてやればいい。彼の名前じゃなくて、俺の名前を口にしてしまうほどに、俺で満たしてしまえばいいのだ。
一回で俺が諦めるとでも思った?残念。そんなわけないでしょ。
俺たちは誰も知らない"秘密"の関係を築いてしまったんだ。貴方はもう俺から逃れることはできないんだよ。

「カントクさん」

彼女の横に腰を下ろして、彼女の頬に手を伸ばす。
次に貴方を"リコさん"って呼ぶときは、いつになるだろうね。

真ちゃんにそう簡単に渡すつもりも、貴方を逃がすつもりも、最初からなかったんだ。





またいつか 、狂ったように互いを求め合う日まで。





「――おやすみ、リコさん」







よい夢を。












end
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