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□くるくるまわる、きらきらひかる
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そういえば、来週の土曜日は珍しく互いのオフが重なる日だったなということに気が付いたのは、机に置いてある卓上式カレンダーを何気なく眺めているときだった。
「相田、来週の土曜日、確か誠凛もオフだったよな?」
カレンダーを手にしながら確認すれば、耳にあてた携帯電話から上の空な彼女の声が聞こえてきた。何か他のことに集中しているような彼女の返答は、大坪に疑問を持たせてしまうのも無理はない。
「相田?」
『……はい?』
数テンポ遅れてからの返事。大坪は思わず苦笑した。
「相田さ、いま部活のメニュー考えながら電話してるだろ?」
『え!?』
はっと我に返ったような声が耳を刺激する。咄嗟に耳から離してしまった携帯をもう一度耳にあてれば、どうしてわかったんですか!?と驚きを隠せないリコの声が届いてきた。
リコの慌てた様子にまたしても笑みが零れてしまうのは、慌てふためく彼女の様子がありありと目に浮かんだからだ。
「俺が何聞いても上の空だったから」
『うっ……ごめんなさい……』
「ん、大丈夫」
彼女らしい、と思った。自分と一つ年下の女の子がバスケ部の監督を務めているという事実は、彼女と交際を始めてから改めてその凄さを実感するようになった。彼女の世界の中心は誠凛バスケ部によって廻っている、といっても過言ではないくらいに彼女は自分のすべてをバスケ部に捧げていた。
そんな彼女を理解しているからこそ、いま彼女が何を考え、何をしているのか、傍にいなくてもわかるのだ。
十分すぎるほどわかっているけれど。
「部活熱心なのもいいけどさ、俺と電話してるときぐらい、俺に構ってくれよ」
寂しいだろ?と少々困ったように笑えば、電話越しにいるリコが持っていただろうペンらしきものの滑り落ちていく音が聞こえてきた。
『もっ……もう一回いまの言ってください!録音します!』
「あほか、言わん」
『大坪さんのデレ、初めて聞いた気がします!なんか、どうしよう、すごく嬉しい……!』
嬉しそうに笑うリコの声が耳をくすぐる。大坪は口元を押さえながら息を漏らした。彼の顔は驚くほど真っ赤になっているのを、果たして彼女は気付くのだろうか。
「……相田可愛い」
ぼそりと呟いた言葉はどうやらリコには届かなかったようで、何か言いました?と彼女は彼の気も知らず、無邪気に尋ねてきた。いいよ、聞こえなくて、と彼は心の中で呟くと、気持ちを切り替えるように明るい声色を振り絞る。
「で、来週の土曜日」
『はい』
「お互いオフだろ?どっか行くか?」
前回会ったのはいつだっけ、とカレンダーをぱらぱらと捲っていれば、ぜひ会いたいです!と何とも元気な返事が耳を貫いた。会うの久しぶりですね!早く会いたいですっ!と口にする彼女に思わず吹き出してしまったのは不覚だった。
『もう、大坪さん笑いすぎですよー』
「悪い悪い。相田のテンションの上がり方が面白くてつい……どっか行きたいとこでもあるか?」
リコの返事を待ちながらも、大坪の脳内ではすでにいくつかの彼女が行きたそうな候補が挙がっていた。来週の土曜日が待ち遠しいなと頬を緩めていれば、行きたいところが決まったのか、彼女の明るい声が耳に届く。
『私、大坪さんの家に行きたいです!』
目をぱちくりさせる、とはまさに今の大坪のことをいうのだろう。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。上手く言葉の変換ができなくて、返事が遅れてしまう。
「……えっと……俺ん家?」
『はい!』
それは大坪の予想外の回答だった。
今頃、リコはにこにこと楽しそうに笑っているのだろう。彼女の声色は期待に満ち溢れていた。それがどういう期待なのかは定かではないが。
「……その日、親いないんだけど、大丈夫か?」
念を押すようにもう一度尋ねれば、彼女は親に挨拶ができないことを残念がるものの、はっきりと明るい声で答えた。
『大坪さんの家に行ってみたいんです!』
大坪は額に手をあてた。
……そうきたか。
付き合い始めて数か月――キス止まりの自分たちにとうとうその時が来たようだと、大坪は二人の一線を越える開幕のゴングの音を確かに聞いたのだ。