TALES OF CRIMSON ー本編ー

□第3章 疾風の如く
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「…一つ聞くが、お前が言う村はどの方角にあるんだ?」

 唐突に、少年にそう尋ねられ、その意図が分からなかったエルは、一瞬きょとんと呆けてしまった。
 しかし、すぐに我に返ると、聞かれた通りに村がある方角を指差す。


「え?え、えっと…あっち、だけど…。」

 やや困惑気味に答えるエルをよそに、少年は指し示された先にある細い獣道を見据え―…それから、その手前に陣取る蜘蛛に視線を移した。
 そして、顎に手を添えて再び思案した後、彼は徐(おもむろ)に口を開いた。


「…分かった。そこにいる魔物を蹴散らすから、お前はその隙を突いて村まで走れ。」

 そう言って、少年は鞘から丈の長い刀を引き抜くと、腰を落として戦いの構えを取った。
 蜘蛛たちも彼の殺気に反応して、ざわざわと騒ぎ始める。
 
 しかし当のエルはというと、少年の言葉を受けても、ぽかんと口を開けて固まっているだけであった。

 少年は、本来なら立つ事もままならない程の大怪我を負っているはずだ。
 それなのに、誰にも頼ろうとせず、たった一人で魔物の群れと戦おうとしている。
 それが、エルには信じられなかったのだ。


 すると、いつまでもぼんやりとしているエルに痺れを切らしたのか、少年は不機嫌な様子を隠さずに顰めっ面で振り返った。


「…おい、何を呆けている。話を聞いていなかったのか。俺が斬り込むから、お前はその隙に…―」

「ち…ちょっと待って!そんな、あなたを一人置いて逃げるなんて出来ないよ!酷い怪我だってしてるのに…!」

 あくまで自分だけ残って戦うつもりである少年に、慌ててエルはそう反論した。

 武器の扱いやその身のこなしから、少年が只者ではない事くらいは察しているが―…いくら何でも、それは無謀すぎる行動だ。
 彼がどんなに凄腕の剣士であっても、こんな血塗れで今にも倒れそうな人を放っておけるはずがない。

 怪我の事を指摘され、少年はぐっと押し黙ったものの、ばつが悪そうにエルから目を逸らした。


 
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