小説部屋

□サヨナラ
1ページ/1ページ

―――ここでサヨナラ

また、思い出した。いつかの君へ。
それだけが書かれた紙一枚。誰かに充てたつもりはない。書こうとすら思わなかった。そんな一言。
何をしているんだ。早くダンボール達を片付けないと。
それでも、ここに書かれた一言に目が釘つけになる。
なんでこんな物を見つけてしまったんだ。明日にはこの町を去るというのに・・・・・・。
私の周りにはダンボールとそれに入れる食器やら諸々。急に仕事の都合で引っ越さなければならなくなったのだ。だからこそ、この文章から目を離せなかった。
懐かしいような見つけたくなかったような、そんな気分。
いや、辛い気持ちになるくらいなら思い出さなくて良かったかもしれない。
だけど。
「明日で本当にサヨナラだもんね」
サヨナラ。友達には皆言った。祝ってくれた。だけど、彼には言えなかった。言えたはずだけど。なんでか言いたくなかった。
言わなくてもわかって欲しかった。
そう。わかって欲しかったんだ。
それで、一言くらいあるかなって期待した。返事なんかないこともわかってたけど。
それでも期待していたんだ。

「・・・・・・・・・最後だしね」

私は出掛けることにした。
外出用の服に着替えて外に出た。


家から少し離れたところにある小さな公園。冬だからだろうか。噴水が止まってる。懐かしいなぁ。学校帰りに通っていたっけ。
近くに小さなクレープ屋さんの屋台があってさ。お金ないから二人で一つを食べあったんだよね。ほんとに君は食べ方が下手でさ。鼻の頭によくクリームつけてたよね。
「・・・・・・・・・」
今は屋台もない。有るのは二人で座ってたベンチだけ。
座る。寒い。寒くなったなぁ。本当に。
次に、行こうか。





学校。多分、一番一緒に過ごした場所。
朝弱いからいっつも寝ぐせをつけて登校してたよね。覚えてるよ。覚えてる。覚えてない訳がない。君と過ごした時間を忘れる訳がないよ。
テストの時は二人で競ったり、お弁当作って交換したりさ。本当はダメだけど、こっそり二人で屋上に行ったりもしたじゃん。
全部、鮮明に思い出せる。そんな濃い時間を、過ごしてきたんだよね。何年も何年も。楽しかったなぁ。それなのにね、なんで隣に君がいないんだろうね。本当に不思議。本当に・・・・・・不思議。





小さい川原に来た。この近くではいつも夏祭りをやっている。そこまで大きくはないけど花火が打ちあがるようなお祭りだ。
もちろん、彼ともここに来た。浴衣を着て出店を回って花火を見て。
・・・・・・なんで、私は思い出を見て回っているんだろう。
こんなの辛いだけなのに。辛いだけなのに。歩いてる全ての場所が彼との思い出なんて辛い・・・だけなのに・・・・・・。
だって、彼との思いでを見て回るっていうのは―――





それからも私は歩いた。彼との思いでを。場所だけじゃない。道。坂。曲がり角。それらすべてが思い出になって私の心に突き刺さって溶けて消える。それが暖かい水になって流れていく。
流れていくんだ。全部全部。なにもかも。前に進むために必要なことなのかな。本当に大事なことなのかな。





来た。来てしまった。私と彼が別った場所。理由なんて思い出したくもない。それくらい些細な理由だった。小さい小さい本当に小さい出来事。他人が聞いたらくだらないって笑い飛ばせるくらいの出来事。
それでも、私たちは別れてしまったんだ。そんな理由で別れてしまった。「赤い糸」とは良く言ったものだ。本当に小さい刃で糸が切れてしまうのだから。一度じゃない。徐々に、徐々に、ほつれていくんだ。ほつれて切れる。関係の終わり。
終わってから気付く。大切さ。どれだけ助けられて、どれだけ救われて、本当に・・・本当に・・・。
あなたと居た時間が長ければ長いほど辛かった。心の穴を埋めるのに本当に時間がかかった。「かかった」?違う。「かかっている」だ。もしかしたら、埋めることなんて出来ないのかもしれない。きっと、忘れることなんて出来ない。「思い出」にして心にしまうことしか出来ないんだ。
だって、幸せだったから。少なくとも、あの時は本当に幸せだったから。
「帰ろう」
もうここに居ても辛いだけだ。私は逃げるようにここを後にした。





家の前まで着いた。
そういえば、あの紙って―――
そうか、だから書いたんだよね。忘れてた。
でも、もう遅いよね。帰って来ちゃったし。明日には家をでちゃうし。
「あれ?」
家の前に誰かいる。
え?嘘だよ。なんで?
物音に気付いたのか、こちらに顔を向ける。
なんで、彼がいるの?
もう会えないって思ったのに。

「明日、引っ越すって聞いてさ。本当は会うつもりなんかなかったんだけど、さ」

懐かしい声。懐かしい顔。
最後に会えた。私の思い出。場所だけじゃない、私の一番大切だった人。
言いたくて、言えなかった私の言葉。

―――ありがとう、そしてサヨナラ





















「サヨナラ」終わり

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ