小説部屋

□夏の花畑
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「ねぇねぇ」
誰かが俺に話しかける。
それは忘れた記憶。
昔に置き去りにした思い出。
いや、思い出したくもないのだから思い出とは言わない。
呪い。
そう、呪いだ。
俺の心を蝕む呪い。
「なんか綺麗だよね、本当にお花みたい」
やめろ。
「それになんだか……私にも似ている気がする」
もう、やめてくれ。
「綺麗なのは一瞬で、あっという間に命を終えてしまう」
わかってるから。
その後にお前が何て言うのか。わかっているから。
「はかない命だよね。本当にさ」
だからもう……。
「まるで――」



「おい!」
「……え?」
現実に引き戻される。
「大丈夫か?」
「ああ……」
辺りは喧騒に包まれていた。
浴衣。お面。綿菓子。
お祭りだった。
一年に一度しかない地元の夏祭り。
そんなに大きい訳でもないが小さい訳でもない。
町ぐるみでやっているのだから当たり前か。
そして、そんな祭りに俺と友人の二人で遊びに来たのだった。
「それにしても、本当に久しぶりだな」
「そうだな」
この祭りに参加したのは俺の記憶では大学一年の時。
それ以来、この祭りには参加していない。
あれから、三年。
就職活動で忙しい時だってのに俺達はこんな所に遊びに来ていた。
ちなみに、誘ったのは俺じゃなくてコイツ。
「まぁ、たまには気晴らしに行ってみようぜ」
そんな電話がいきなり来た。今日。突然。
おかげでなんの心構えもなしにここまで来るはめになっちまった。
「おまえなぁ……行くなら行くでちゃんと事前に連絡いれとけよ」
「んなことしたら、お前絶対に来ないだろ?」
……まぁ、確かに。
今日だって無理矢理連れて来られなければ行くつもりなんてなかったさ。
「というか、普通は家の中まで上がり込まないだろう……」
「そこまでしないとヒッキーのお前は出て来ないだろ」
「ヒッキー言うな……」
もう、ここまで来て今さら帰る訳にも行かないし仕方がない。
楽しむか。
もしかしたら二度と来なくなるかもしれないしな。

そんなことを考えながら俺達は喧騒の中心へと足を動かすのだった。


今の時代でも祭りの内容は余り変わってはいない。
神社を中心に屋台と提灯が辺りを賑やかに彩る。
神社ではたくさんの人が祈願をし、屋台では子供たちがはしゃぎまわる。
なんも変わっていなかった。
『ねぇねぇ、焼きそば売ってるよ!』
だから思い出す。
あの時も、同じだったから。
「なあ、腹減ったからなんか食べようぜ」
「そうだな……」
「ほれ焼きそばも売ってるぜ」
「……ああ」
全部、同じなのか?
そしたら、俺はまた――
「ほれ、買って来たぜ」
いつの間に買ったのか友人の手には焼きそばが二つ。
そのかたっぽを俺に渡してきた。
「……さんきゅ」
受け取ったはいいものの……余り食べる気にはならない。
もう、なにも思い出したくなんかない。
「どうした?食わないの?」
「ああ、ちょっとな」
「なんだ、焼きそばは嫌いか?」
「いや、そういう訳ではないんだが」
「まぁ、いいや。食わないなら俺にくれよ」
俺から焼きそばを奪い取る。
「せっかくの祭りなんだから食えばいいのにな」
「そうなんだけどさ」
食べてしまったら、それは思い出巡りのような気がして。
何も知りたくないから。
だから、なにも思い出さない。
「あ、ちょっと待ってな。ゴミ捨てて来るわ」
友人が立ちあがってどこかに行ってしまう。

一人取り残されてしまった。
祭りを楽しむ子供たちが通り過ぎていく。
その顔にはお面。
「お面か……」
それでも思い出す。
『お面もいいなぁ。食べ物じゃなくて形として残せるもんね』
駄目だ。ここは思い出が多すぎる。
辛い。
『ねぇねぇ、これ買ってよ!この狐のがいいな♪だって、日本っぽいじゃん』
『えー?やだよ。こんな魔法少女のお面なんか。私はもっと和を尊重したいの』
見れば見る程、湧いて来る思い出。
いつの間にか、俺は見る事をやめていた。
子供たちを視線にいれないように。
視界に入ってこないように。
だが、それでも右を振り向けばお祭り。
左を振り向いてもお祭り。
思い出からは逃げられなかった。
「……くそ」
どうしてこんなところに来てしまったんだ。
思い出す訳にはいかないのに。
ああ、大丈夫だ。俺はまだ思い出していない。
そうだ、大丈夫のはずなのだ。
今日さえ乗り切れば、もう二度と……。
「おい、どうした〜?」
「あ……」
気が付けば友人が帰ってきていた。
「どこに行ってたんだ?」
「ゴミ捨てに行くって言わなかったっけか?」
「あ、ああ。そうだったな」
「そうか。それじゃ、そろそろ行くか」
「どこに?」
「神社だよ」

神社にはそこまでの人は集まっていなかった。
それでも、普段と比べればそれなりの数はいるのだが。
子供連れやカップル。
子供よりも大人が多い印象だ。
「もう少ししたら、もっと人が増えるぞ」
「なんでだ?」
「花火。ここは一番見晴らしの良いベストスポットだからな」
「花火……」
また思い出の片鱗が生まれ出る。
それは一番見たくなかった
一番思い出したくなかった
自分自身の呪い。
だから無意識的に封じ込める。
きっと無駄なことだってわかってる。
だが、それでも思い出したくなかった。逃げていたかった。目を背けていたかったのだ。
だから、思い出さない。
ぎりぎりで、とどまる。
「あんまり遅いと花火も見れなくなってしまうからな」
その台詞もどこかで聞いた。
『早くこないと見れる場所無くなっちゃうんだって』
そう、確かに聞いた。
一番の思い出。
そこであった出来事も。
その場所も。
全てが思い出。
思い出であり呪い。
「ほら、もうすぐ始まるぜ」
「……」
空を見上げる。
いつの間にかオレンジ色の空が黒く染め直されていた。
これから、また染めていけるように。
リセットされていた。
全てが。
そして――

ドーン!

始まった。
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