君がいる世界(改稿版)

□八章.孤は陰であり陽になる
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 改めて蘭が街中の会話へ意識を巡らせると、ウィルナとシェラルドについてばかりが聞こえる事に気付く。

 どうして今まで気にならなかったのかと思える程に、そこかしこで話されている内容は耳を疑うようなものだ。自身の事に手一杯過ぎたと考えつつも、隣にいるセルアを見上げた。

「今日ってずっとこうだった?」

 詳しく告げずとも伝わったらしい。セルアは軽く周囲へ目を走らせた後に小声で返してくる。

「ああ。数日前からこんな調子らしいな」

 ろくに外へ出ていない蘭が知らぬ事は何の不思議でもない。だが、何故こうした話が上っているのだろうかと眉は自然と潜められた。

「原因はわかり切ってるだろうが?」

 確かに蘭にも思い当たる事はあった。しかし何故今更なのかと感じる部分もある。

「アンヘリカでの事だよね?」

 ユージィンと共にシェラルドの人物がいる建物へ入り、挙句に最後まで居座っていたのだ。アンヘリカの人々にははっきりと目撃され、中にはウィルナやシェラルドの者がいた可能性もある。ユージィンはなるようになると言っていたが、それが今目の前にある状況なのだろうか。

「アンヘリカもこんな感じだよ? まあ、ウィルナよりもずっと前からだけどね。一応その報告も兼ねて今日は来てるから」

「そうなんだ」

 クロードの言葉に蘭は素直に頷く。事の発端がアンヘリカなのだから、クロードがこの状況を知っているのは当然なのかもしれない。

 そして噂はウィルナへと流れ始め、セルアは仕事も兼ねて街へ来たのかもしれないと蘭は考える。

「必要な事は聞いていたって思ってていいの?」

 自分は全く気付けない状態だったが、セルアは違うのだろうと蘭はもう一度見上げた。すると何故か眉が酷く寄せられる。

「ほとんどは聞いていた話と一緒だ。大した収穫もねぇよ。それに俺はこの為に街へ来たかったんじゃねぇしな。ついでだついで」

 そうして蘭の腕を掴むと、勝手に足を進め始める。わずかに体勢を崩す事にはなったが、蘭が素直に従うとセルアは振り返りクロードへ目を向けた。

「後は帰って飯だな。そうしてりゃユージィンも来る。今日はクロードも混じっとけ」

「当然だよ」

 セルアがわざわざ呼び入れようとする姿から、事態はあまり好ましくないのかと蘭は不安を抱く。

 二人は真剣な眼差しのまま屋敷を目指しており、本当に状況がわかっていないのはどうやら自分だけらしかった。





「気分転換はいかがでしたか?」

 屋敷へ顔を見せたユージィンがまず発したのはこれだ。

 こちらの事よりも気にすべきものがあるのではないかと蘭は思ったがとりあえず頷く。

「楽しかったよ」

 最後の最後に不安を覚えはしたが、確かに帰り際までは楽しんだのだから嘘ではない。

 ならば良かったですねとユージィンは言い、いつもの位置へ腰を下ろす。昼食後という常ならぬ時間帯にユージィンが来ると、話はすでに決まっていたらしい。クロードが混じるという事態だけが予定外のまま、四人は食堂でテーブルを囲む。

 テーブルの上にはハンナ手製の菓子と淹れたての茶があり、それらを口にしながら一見気軽そうな会話が続けられる。町へ出て周った場所や、購入した物、食べた物、どんな事が起きたのか、普段となんら変わりのない内容だ。

 蘭の隣にはセルアがいて、クロードもいる。両隣の二人はユージィンが現れる前から言い合う事もなく会話をしており、珍しい光景ではあったが交わされる内容でどうやら今日のクロードの目的はセルアとユージィンだったらしいと蘭は納得した。

 マルタがクロードを通してアンヘリカの状況やウィルナへ対する姿勢を伝える。その内容を聞いたウィルナはアンヘリカへ刃を向ける事はないと答えを出す、それが目的らしかった。

 他愛もない話が続けられた後、ユージィンは視線をセルアへ向けつつ告げる。

「その様子ですと、国中に噂は流れているものの人々の生活や意識に大きな変化はないと思って良いのでしょうか? 城内でも似た感想を抱いている者は多いですしね」

「変わらねぇとも言えるが……よくわからねぇってのが本音だ」

 椅子に浅く腰かけ背もたれに寄りかかっているセルアは眉間に皺を寄せ、記憶を手繰っているように見える。ユージィンはこの言葉が予想していた内容だったのか、小さく頷いた。

「そうなるのでしょうね」
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